海の傍   承露



 冷たい風が吹き荒ぶ海辺を、時折明るい笑い声まで立てながら二人はゆっくり歩いていた。
「ホントは海辺に建てるのも良いかなって思ってたんだけど」
 日は暮れ切っていた。少し離れた道路沿いの街灯くらいしか明かりはなかったが、承太郎は振り向いた露伴が笑顔だというのが、暗闇の中でもわかったらしかった。
「けど、砂埃の掃除は大変そうでしょ?庭も欲しかったし……だから今の場所に家を建てたんです」
 露伴が海とは反対側の、杜王町の中心部に向かって指差した。閑静な住宅街の様子を思い出しながら、承太郎もその方向に目を向けた。
「充分良い家だ」
 それからすぐに露伴の方に向き直った。小さく口元に微笑を湛えたのが丁度街灯の光に上手く照らされ、露伴の目にも届いた。
「海の傍だったら承太郎さん、もっと入り浸ってくれそうじゃあないですか」
 その微笑みに一瞬露伴は息を飲む。その後すぐにまた笑いかけながら不平を言う様な口調を作った。言いながら後ろ歩きをする内、砂に足を取られかけて体勢を崩しかける。
「それはそうかもしれないな」
 まだ微笑んだまま、承太郎が腕を掴んで倒れるのを簡単に食い止めた。
「……正直が美徳ってのは嘘だなぁ」
 露伴はまた驚いた表情で傍に立つ承太郎の顔を見上げていたが、腕を離されると同時に少し困った様に微笑んだ。

 海風の匂いにクラクラすると言いながら露伴が先を歩く。承太郎はその後を黙ったままついて行く。
 その内、夜の闇の中でも表面の白さがわかる、ゴツゴツとした岩山に突き当たった。てっぺんには松の木が茂り、山の根本には波が砕けて荒い音を立てている。砂浜も途切れ、行く先はもうなかった。
「帰ろうか」
 露伴は身体を反転させて、今度は承太郎の隣に並んだ。自分たちの点けた足跡を辿りながら、真っ黒な海が響かせる波の音に耳を傾けた。二人ともしばらくの間、また黙っていた。

「今からでも遅くないんじゃないか?」
 ぼんやりとしていたらしい。急に承太郎が声を出したのに驚いて、露伴は立ち止まった。
「今から?」
 けれどその後の一歩を大きく踏み出して、すぐに承太郎の横にまた並んで歩きはじめた。承太郎が何か言ったのが丁度風の音に邪魔されてしまう。
「家じゃなくても、二人用の別荘なんてどうだ」
 風が落ち着いて波の音だけになってから露伴が促す様に承太郎に視線を送ると、言い直しながら、また小さく微笑を返した。

「海辺にですか?」
「ああ」
 露伴はしきりに目を瞬かせていたが、やがて愉快そうに声を立てて笑った。笑いながら少し距離を詰めて、承太郎の腕にトンッ、と自分の肩をぶつけた。 
「けどやっぱり、掃除が大変そう」
「手伝いを雇う金くらいある」
 空とぼけた口調で言うのが余計面白かったらしく、露伴は笑ったまま、暗い海の方を仰いだ。
「どうせなら水上コテージみたいなのにしましょうよ。馬鹿っぽくて良いでしょ」
 今度はその海の方に指を差して、冗談の様な口調を作る。ニヤッと笑いながら承太郎に目を向けると、承太郎もまた、小さく笑った。
「あんたが好きな様にしてくれて良いぜ」
 承太郎もまるで冗談を言う様な調子でそう言った。しかし言いながら、その目は真っ直ぐに真剣な表情で、露伴を捉えていた。

「……本気にしますよ?」
 遠くの街灯の光に照らされても逆光にしかならずに、その表情は露伴に見えていない。けれどその視線に気付いたらしく、茶化す様な口調はいつの間にか引っ込んでいた。

 暗闇の中海風が砂埃を立てて、露伴は怯んで目を瞑る。
「良いぜ」
 まだ、承太郎の瞳は真っ直ぐに露伴に向けられていた。



 2013/11/26 


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