痛み分け   仗露



 最初は冗談だろ、と言いかけたが、露伴の目は真剣そのもので、どうも茶化す事ができなかった。
 また一発、腹にパンチが入った。振動はあるがほとんど痛みはない。いくらか掴み合っていた内に、手が疲れて力が入らなくなってきている様だった。

 喧嘩でスタンドを使わないのはどちらから言い出したわけでもなく、自然とそうするべきだとお互いが判断したんだと思う。露伴のスタンドは仕掛ける事さえ出来れば無敵にも近かったし、おれのクレイジー・ダイヤモンドも押さえ込んだりする分には十分早い。それに喧嘩の最中、怪我を治されるのが露伴は気に入らないらしかった。
 もっとも喧嘩と言ってもほとんどが口喧嘩で、そうなるとこちらが勝てる確率は頗る低くなる。なったとしても、こちらは髪型を貶されたりしない限り我を失って暴力に走る事はなかったし、どんなに憤慨していても露伴がそこに触れる事はほぼなかった。だから今日の様に殴り合う喧嘩、なんていうのは実際珍しかった。
 発端は至極くだらないもので、男らしいだの男らしくないだのという話で言い争いが始まった。お互いの趣味を女々しいと貶す事は今までもあったが、交際する関係に至って抱かれる側に回った露伴は少なからず思う所があったらしい。散々言われた挙句に、ペチッと頬を叩かれた。痛くはなかったがムッとして睨むと、殴り返す事も出来ないのか、と露伴も若干の嘲笑を滲ませつつこちらを睨んできた。思わず自分も同じくらいの強さで頬を叩くと、一瞬キョトンとした顔をされた。それからすぐに掴みかかられて、殴り合いの喧嘩にまで至ってしまった。

 露伴の手を避ける内に、気迫に比べてそのパンチが案外軽いと感じた。当たっても痛くない。こちらが反射的に出したカウンターの衝撃には簡単に仰け反る。数十秒対峙する内に、露伴が喧嘩慣れしていないという事に気付いてしまった。
 思えば確かにスタンド能力は万能過ぎて肉弾戦となる機会すらないだろうし、スタンドを身に着ける以前でも殴り合いをする様な機会があったかどうか定かではない。沸点は低いので口論にはなり易いんだろうが、暴力に訴える相手から身を守る術があった様には少なくとも見えなかった。それこそ口だけで打ち負かしてきたのかもしれない。

 露伴の蹴りが脛を蹴ったが、当たり所が悪かった分少しは痛む。けれどそれも、女の子に蹴られるのときっと変わらないだろう、という印象しかなかった。露伴だって別に女の子の様に華奢過ぎるというわけではない。骨格はしっかりしていると腕の中にいる時いつも勝手に実感しているし、多少は細いが筋肉だって付いている。けれど自分と比較すると、確かに成人男性がそれか、と思わないでもなかった。
 なんだか段々に可哀想になってきた。例えば学生時代に喧嘩になる機会すら露伴にはなかったのかもしれない、と思うと。別に喧嘩が良い事だとは思わない。それでも、あんまりに露伴のパンチは、悪い言い方をするとヘナチョコだった。こちらの怒りなんてどっかにすっ飛ばしてしまうくらい、それくらい、何でかしらないが可哀想に思えた。

 そういう勝手な同情が伝わってしまったのかもしれない。無抵抗なままにサンドバッグになっていると、突然露伴が殴った拳をそのままに俯いてしまった。

「……仗助ッ」
 あっ、と、心の中で思わず小さく驚いてしまう。勢いよく顔を上げた露伴の瞳が、初めて見るぐらい、じわりと潤んで揺れたのだ。
「ぼくは、そんなに情けない男か」
 言いながら、ボロッと零れたのを見てしまった。

「……嘘、露伴、泣いてんの?」
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。露伴は一度泣き出すと止まらないらしく、拭う事もせずにボロボロ涙を零しながらこちらをギロリと睨んだ。
「なんだ、泣いちゃあ、悪いって言うのか、君は」
 声も酷く震えていて、けれど精一杯強がった様な口調だった。それがまた酷く可哀想な気がして、けれどこうして泣かせているのが自分だと急に気付いてしまった。

 グリッ、と、露伴の拳が胸元を抉るみたいに押し付けられた。さっきまで殴られていた痛みよりもずっと、その感覚の方が自分にとって痛ましかった。
「泣くなんて男らしくねぇよ、露伴」
 言いながら思わずその拳を握ると、殴り慣れていない拳は大した力もかかっていないはずなのに真っ赤になっていた。どんなにこちらが痛くなくても、露伴はきっと全力で殴っていたんだろうと思うと、可哀想で悲しくて申し訳なくなってくる。ぎゅ、っと両手で包んで握ると、男の無骨な拳なのに自分とは比べ物にならないくらい繊細に思えて、目頭が熱くなった。
「……君だって泣いてるじゃあないか」
 驚いた声を上げて、露伴が目を見開いた。自分も泣き出すと止まらなくて、お互い見つめ合ってボロボロ泣いていた。それが、何となく間が抜けていた。可哀想を通り越して、幸せなんじゃないかとさえ思えた。

「うん」
 もう一度拳を両手で握って、クレイジー・ダイヤモンドを発動させる。露伴は何か言おうとして、泣いたまま上手く言葉にならなかったらしい。やがて身体の力を抜いたのを見て、自分は泣いたまま、笑って見せた。
「おれもあんたも、男らしくねーし情けねぇよなぁ」
 ごめんと素直に謝る事もお互い、出来ないくらいに。
「……だからお互い、泣き止も」

 まだ泣いたまま。露伴の方も、それを聞いて笑い返してくれた。 
  


 2013/11/23 


SStop








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -