幕切れ   承露



 白と黒の縞模様で出来た幕の向こうから、線香の匂いが僅かに漂ってきた。

「こっちと東京では何か違うんですかね」
 宗派は兎も角土着のモノがやはりあるのかも、と。大真面目に言いながら幕の端を持ち上げて、露伴がその家の玄関先を覗こうとする。見知らぬ他人の葬式を観察させるのは流石に不謹慎な気がして、首根っこを掴むと驚いた様な顔をこちらに向けてきたので、むしろこちらが驚かされる。
「あんた、あんまりそういうのには首を突っ込むな」
 それ以上立ち止まっているとまた覗きはじめそうで、道路側にわざと露伴の身体を寄せて再び歩きはじめる。露伴は少しつまらなさそうに目を細めたが、特に文句を言う事もなく一緒に歩きはじめた。大方こちらが居ない時にいくらでも自由にやれるとでも思っているのだろう。

 旧家の大きな屋敷だったらしく、白黒の鯨幕はしばらく歩いても続いていた。ほとんど日も暮れた道の上、視界の端でチラチラと風に震えるのがやけに目に映えて五月蠅いくらいだった。道路側を歩きながら、露伴も幕が途切れる事なく続くのを眺めていた。
「承太郎さん、ぼくが死んだらその時は葬式、来てくれますか」
 白と黒だから余計、白のコントラスが映えて見えるんだろうかとぼんやり考えているところに、露伴の声も極めて平坦で自然な調子で聞こえてきた。普通に出来る限り行く、なんて答えかけて、あんまりな質問だとようやく気付く。思わず、こちらが足を止めた。
「……何だ、その仮定は」
 不謹慎だ、と言うつもりはない。吉良の事件の中で実際、少なからずの犠牲が出ている。明日は我が身とはまさにこの事だった。彼が自分の死ぬ事を茶化すとも思えない。ただ、少なくともなるべく行くようにする、なんて遊びの約束みたいな返答をすべきではないように思えた。
「承太郎さんが死んだら、そん時はぼくが承太郎さんの葬式に出てあげますよ」
 露伴は至って普段通りの声でそう言って、笑って見せた。やはり本気とも冗談ともつかない。こちらが立ち止まったままなのを放っておいて、今度は露伴の方が背を見せて歩きはじめた。

 隣に並ぶのが何故だか悪い気がして遅れて歩いて行きながら、もし死ぬんなら自分はどこでだろうかと想像する。杜王町に来てからも死にかけたし、もっと昔にエジプトでも死に損なった。きっとこれからも死ぬような目に合い続けるんだろう。だからいつかは死ぬものだろうとは思えても、どこで、だなんてビジョンを持つ事自体が出来そうになかった。

 アメリカで死んでも彼は葬儀に参加してくれるのだろうか。そもそも葬式が出来る状況で死ねるのかすら自分はわからない。死んだ事さえ彼に伝わらない状況で死んでもおかしくない。自分の幕切れなんてきっとそういう物だと、そういう風にしか思えなかった。
「死ぬ時の事なんざ考えてどうする」
 やけに忌々しげな声になったのが自分でもわかった。
「まあ、死ぬのはぼくも嫌ですけど」
 露伴も一瞬だけ、驚いた様にこちらを振り向いた。けれど小さく微笑んで、また行く道の方に向き直った。

「けど、死を惜しむのは嫌いじゃないんだ」
 そう呟いた声がやけに、寂しそうに聞こえた。一方で慈しむ様にも聞こえた。彼がどんな顔をしてそんな事を言ったのか見れなかったのが、酷く勿体ない事の様な気がした。

「惜しめるって事はつまり、好きだったって事の確認になるでしょう」
 少し早歩きになって、隣に並んで顔を覗き見る。それを予想していたかの様に、露伴がまた薄らと微笑を浮かべた。
「好き、だった……か」
 彼がそう言うのは、きっと過去の事にする準備はあるという意思表示なんだろう。小さく口の中で繰り返してみて、自分もそうするべきなんだろうと実感させられる。自分の命の幕切れよりはきっと、彼との関係の方がずっと早くに破綻するだろう。未だにこうして並んで歩いている事すら、当初の予想からすると意外だった。

 ようやく鯨幕の終わりが見えた。その先はまた、杜王に似合う洋風の建物が道沿いに続いていく。
「そういう考え方も、あるんだろうな」
 彼の中では、自分たちの関係は既に結着した事なのかもしれない。
「まあ精々、死ぬ前にお別れしときましょうね」

 それでも。言いながら寂しそうに笑う露伴の横顔が自分の目には焼き付いて、離れなかった。



 2013/11/21 


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