三度目   承露



 三度目に訪れてようやく、承太郎さんがこの隣町の映画館を選んだ理由がわかった。ドアを開ける直前に潮風が香ったのだ。

 そういえば最初に誘われた時「海が近い映画館がある」と突拍子もなく言われたんだったと思い出す。今までも二回来たのに何故か気付かなかった。振り返って眺めても、ビルの立ち並ぶ中でどの方向に海があるのかわからなかった。

 最初と二回目は疎らにだが他の客が居た。今日は夜なのも相まって、ロビーにすら自分たち二人しか客はいなかった。
「先生の指定席か?」
 けれど、入ってすぐの席に今日も自然と座ってしまう。茶化す様に彼に言われて、確かに別の席でも良かったかもしれないと思って、一度だけ周囲をぐるりと見渡す。どっちにしたって、この小さな映画館は客席自体が少なかった。
「真ん中よりも、こっちの方が落ち着くんです」
 背中を押し付けると、ズリッ、と合皮の椅子が嫌な音を立てる。少し潮風にも似ている匂いがして、何となく不快だった。

「今日は寝るなよ」
 まだ面白そうに微笑んだまま、承太郎さんも座席に座る。
「承太郎さんもね」
 自分も茶化して返しながら、喋る気が起きなくて目を閉じた。何度目かわからない映画の始まり方を頭の中で再生している内に照明が落とされ、上映のブザーが鳴った。

 この映画館はリバイバル上映会と銘打って、昔懐かしい映画を毎日毎日繰り返し上映しているらしい。見に行かないかと承太郎さんに誘われた時、タイトルを聞いて少し驚いた。彼とはどんな映画を見たか以前話した事があったが、その際に丁度話題に出た作品だった。
 お互い何度も見た映画として挙げた映画を改めて見る必要があるのか、自分にはわからなかった。けれど、そうしてみたい気持ち自体は理解できる気がした。今更改めて見たって新しい感動は殆どない。だからこそぼく達みたいな関係が「二人で一緒に見た映画」、みたいな人に言えない思い出を作るにはうってつけなんだろう。
 それなのに、一度目は彼がいつの間にか寝てしまったし、二度目は自分が仕事明けだったせいで寄りかかったまま寝てしまった。

 リバイバル上映会はもうすぐ終わってしまうらしい。だから今日は、三度目の正直になるチャンスでもあるし、一緒に見る最後のチャンスでもあった。だからと言って、見慣れた内容である事に違いはないのだが。

「……映画を見たらどうだ」
 じっと、スクリーンから反射した光で照らされた承太郎さんの横顔を眺めていた。視線にはずっと前から気づいていたらしく、他に客もいないのに小声でこちらにそう呟いた。
「別に内容は知ってますし」
 暗い館内では特に、彼のグリーンがかった瞳がまるで潤んでいる様に輝いて見える。映画よりも、そちらの方が見ていて飽きなかった。
「一緒に見るんだろ」
 承太郎さんは視線をスクリーンから外さないまま、また小さく呟いた。
 自分も正面に向き直って、映画がどんな場面か記憶を辿りながら理解しようと努めた。序盤の方なら主人公のセリフも一言一句間違わずに覚えている自信があった。

「承太郎さん」
 別に見飽きたからというわけではない。ただ、終わり方もエンドロールも知っているのに、ただ座って展開を追うのが嫌になってきただけだ。
「ハッピーエンドとバッドエンド。どっちが好きですか?」
 今度は、承太郎さんが首を動かしてこちらを向いたのが気配でわかった。
「……オチがあるんなら、何でもいい」
 自分は集中できずにぼんやり画面を眺めたまま、ただその呟きを聞いていた。それでも眠りはしなかった。三度目の正直は果たされた。



「次は一月だと」
 外に出ると、夜空がやけに青く見えた。車のキーを探してポケットをまさぐっていると、遅れて出て来た承太郎さんが目の前にチラシを差し出した。
「いりませんよ」
 次回リバイバル上映会のお知らせ、と書かれたチラシの端には割引のクーポンまでついていた。押し返しながら言うと、素直に彼もその腕を引っ込めた。
「あなたと一緒じゃなきゃ、こんなところ来ないよ」

 また、風に乗った潮風の匂いが鼻先を掠めて消えていく。これはきっと、三度目なんてないはずだ。



 2013/11/14 


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