一線   仗露



 正気の沙汰ではないと思いながら誘いに乗った自分も勿論悪いだろうけれど、先に言い出したのは露伴の方だ。

「何の用だ」
 けれど、露伴は昨夜の事などまるで無かった事の様な風にこちらを睨みつけてくる。正直その対応にイラつかないわけではないのだが、自分から訪ねた手前、同じ様に喧嘩腰になるのは躊躇われた。
「いや、昨日はそのまんま帰ったからさあ」
 多分昨夜の午前2時頃。自分は岸辺露伴と一線を越えた。

 深夜にコンビニに行こうと家を抜け出した途端、泥酔している露伴に遭遇した。彼の家はそう遠くもないが近くもないし、そもそも会う度にお互い嫌味の応酬くらいしかしてこなかった相手だ。何ならやり過ごしても良かった。けれど目の前でへたり込まれて無視出来るほど、自分は薄情な人間ではなかった。
 声を掛けてもほとんど無反応で、仕方なく背負って彼の家まで運んだ。途中でタクシーでも通りかかればそのまま押し込んだと思うけれど、道程で人とすれ違いすらしなかった。家に着くとベッドまで運べと言われて、仕方なく従った。そうしたら今度は服を脱がせろと言われた。その次はセックスがしたい、と言われた。

 本気で正気の沙汰じゃないのは、酔っ払いの言動に素面で従ってしまった自分の方なんだろう。それでも、常にいがみ合っている相手に迫る露伴だって大概のはずだ。

「何だ?アフターケアなんていらないぜ。女じゃないんだ」
 もしかすると完全に酔っていて忘れているだけかも、と一瞬思ったが、露伴はしっかりと覚えていたらしい。心底くだらなさそうに、手をヒラリと払って見せた。
「……あんたが女の子ならもちっと優しくしてたけどよぉ」
 男を抱くのははじめてで勝手がわからなかった。露伴が良いから、と必死に言うのに従って、ほとんど無理矢理に押し込んで、正直こっちまで痛かった。露伴がした怪我は自分が帰り際に治したけれど、多分お互い大して気持ち良くなかったと思う。それでも一線を越えてしまった、という事実に変わりはないんだろう。
「興味本位とかそーいう風に取られると、おれも何か体面が悪いっしょ」
 言い訳の様に言いながら、学校帰りにこうして訪ねた理由は何なのか、自分でもよくわからなくなってくる。安否か事実の確認か、それともただ自分を正当化しに来たのか。ただ、どれであっても露伴の気を悪くさせるには十分なんだろうと想像できた。
「……だろうね。どうせただのボランティア精神って所だろ?随分お優しいなぁ、東方仗助」
 形容し難い表情で一瞬こちらを睨んだが、露伴はすぐに皮肉そうに笑って首を傾げた。
「あんた、喧嘩売ってんの?」
 反射的に自分も声を荒げかけて、すぐに彼の言葉が的を射ていると気付いてしまう。確かにそうだ。自分はボランティア程度の気持ちでこの男を抱いた。

「……読みもしねぇクセに」
「読まなくてもわかるよ」
 苦々しい気持ちでつい呟くと、露伴の方も嫌そうにまた顔を顰めた。
「君がどういう人間かくらい、わかるよ」
 それなのに、小さく喋る声だけは何故だか平坦で静かで、酷く寂しそうに聞こえた。

「おまえがぼくに興味ない事なんて、ずっと前から知ってるんだよ」
 睨む時の瞳は、昨夜必死に痛みを堪えていた時と、何故だか重なって見えた。

 正気なのかと自問自答しながら露伴とセックスしたのは、この目と声のせいだった。あんまりに悲しそうだった。あんまりに、寂しそうだった。自分は同情したのだ。同情で、彼を抱いたのだ。
 抱いた事自体は自分でも最低だと思いながらも、あまり罪悪感はなかった。けれど、この世界で一番同情される事を嫌いそうな男に同情してしまった事。その事は自分にとって酷く衝撃的で、それから何となく、とても悪い事をしてしまった気がした。

「あの時ぼくを助けたのだって、別に」
 露伴はまだ、あの時の目でこちらを見据えていた。見ないで欲しいとすら思っていたら、何か気付いた様に、急に言葉を切った。
「あの時?」
 言葉を繰り返してみて、多分ハイウェイ・スターと戦った時の事だろうかと、すぐに察しがついた。
「……なあ、帰ってくれないか。仕事中なんだ」
 露伴は話を切り上げようと、もう一度、手をヒラリとさせた。

「あのさぁ」
「……帰れよ」
 問い質そうとすると、黙れと言いた気にこちらを睨む。昨晩もそうだった。一線を越えさせておきながら、こちらが何か言おうとすると、露伴は必死にそれを遮った。

「まるであんた、おれの事好きみたいだぜ」
 言いながら何となく、また越えてしまったと気付いてしまう。

 これはきっと、一線の先にあった、もう一線だ。



 2013/11/12 


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