呼び名 承露 開いたばかりの手紙を、露伴がサッと引っ手繰っていった。 「ジョジョって、あなたのあだ名ですか?」 手紙やら荷物やらが沢山届いているからと、実家の方から暗に顔を見せる様催促される事がままある。アメリカに居る時には転送を頼んでいたが、杜王町に来ている今回ばかりはしっかりと受け取りに出向かされた。彼が寝ている間に目を通すつもりだったが、読み耽って気付かない内に随分経っていたらしい。 「ああ」 露伴の手から引っ手繰り返して見ると、確かに愛称が書かれている。 「承太郎さんにはあんまり似合いませんね」 まだ眠そうな目のまま髪を掻き上げて、からかう口調で露伴が笑った。 「……そんな事はじめて言われたな」 改めてジョジョという字面を目でなぞると、歳を食った自分が呼ばれる名にしてはいかにも面映ゆい気がしてきた。実際に呼ばれていた当時はあまり気にならなかったが、今は面と向かってこのあだ名で呼ばれてもあまり反応したくなかった。 「ジジイもジョジョと呼ばれてたらしい。ジジイのジジイも」 そもそも空条承太郎、でジョジョと呼ばせるのも無理があるのだ。外国人であるジョセフ・ジョースターの愛称としてなら確かに定着していて自然だが、日本で生まれ育った自分がそう呼ばれていたのは今思うと妙な話だ。いつから愛称で呼ばれる様になったかも、いつから呼ばれなくなったかもあまり覚えてはいない。ただ、ジョジョという呼び名に込められている期待や羨望が年々煩わしい物になっているのは確かだ。 「ふぅん。襲名するもんなんですか、それ」 襲名なんて言われると余計重たい物に思えてきた。祖父から昔聞かされたジョースター家の心得と同じで、意識した途端に息苦しくなってくる。星の痣の様に、自分の血筋における枷の一種なのかもしれない。少なくとも、若い内は受け入れる事ができていた。 気が滅入ってきた自分の代わりに露伴は興味をそそられたらしく、まだほとんど読めていない手紙を再度かすめ取られた。もっとも同窓の友人からの手紙で大した内容は書かれていない。するに任せて、手紙を束ね直して机の上に揃える。あと一人や二人、ジョジョと書いている者は居るかもしれない。そう書く人間は大抵女だろうと、何となく見当もついた。 ふと、出会いがしらに仗助も同じ学校の人間からそう呼ばれていた事を思い出した。それから娘も。確かに襲名制の様だ。自分が知らない血縁者が呼ばれている可能性も勿論ある。ただ、どちらの名を出しても彼の機嫌を損ねるのは目に見えていた。 「まあ、この歳で呼ばれてもな」 流石に宛名までそう書く奴は居ないらしい。それこそ結婚したての頃なんかは茶化す内容で手紙や電話を貰っていたが、三十路手前になって周囲の人間も大体落ち着いたのだろう。愛称で呼んできていた人間が空条君、なんて声を掛けてくるのはある意味でまた妙な心地がするが、年齢を重ねるという事はそういう事なんだろうと、そこは腑に落ちた。 「何なら呼んであげましょうか?」 けれど目の前の、二十歳になったばかりの青年はそうもいかないらしい。 「止めてくれ」 「良いじゃあないですか」 苦笑してかぶりを振ると、露伴は悪戯する時の目で楽しそうに笑う。困ったというポーズを取ながらも、若い人間にとって自分の様に落ち着き払った年寄りをからかうのは楽しい事に違いないと、漠然とながら想像できた。自分で自分を年寄り、と認知してしまう辺り、本当に歳を取ってしまったんだろう。こんな事を口に出すとジョセフ・ジョースターがまた別の茶々を入れてきそうだ。 いつからこんなに爺臭くなったんだろう、と。ぼんやり頭の片隅で思っていると、手紙をこちらの手元に寄越しながら、露伴は顔を近づけてきた。 「まるですごく近しい人間みたいでしょ。……ジョジョ?」 やはりからかう様な口調でそう言って見せる。最初は自分も合わせて笑おうとした。けれど、上手く笑えなかった。 「……ああやっぱり、何か変ですね」 何かに納得した様に、勝手に満足して露伴は顔を遠ざけた。こちらが何も言えずに固まってしまったのに気付かないまま、快活に笑って窓の外を眺めはじめる。 「承太郎さんは、承太郎さんだ」 当たり前な事を、彼は言った。 「露伴」 「はい?」 さっきの一度限りだと思った。 彼はこの先自分の事をジョジョと呼ぶ事なんて二度とないのだと、何の確証もないのに、そう思えてならなかった。 「ありがとう」 何故感謝されたのか、露伴がわかるはずもない。驚いた顔を見せてくれるのも、自分にとって喜ばしい物に思えた。 「……承太郎さん、どうしたんですか?」 彼の呼んでくれる承太郎はきっと、家族のジョジョでも誰かの子孫のジョジョでも、何かと戦う英雄のジョジョでもないのだ。 2013/11/10 |