共犯者   承露



「承太郎さん、勘違いしないでくださいよ」

 未だに自分のモノになった実感がない、と。
 口走ってしまったのは最終のバスが中々来なくて手持無沙汰だったせい、にしてしまいたい。我ながらどうしようもない台詞を吐いたと思っていたが、隣に立っていた露伴はそれ以上に呆れた様な表情でこちらを睨み、そう返してきた。

 露伴と肉体関係を持ちはじめて随分経った。最初に感じていた甘い夢みたいな陶酔状態はとうの昔に過ぎ去っている。それなのに、馬鹿に意固地な執着がどういうわけか残ってしまっていた。
 彼が刺々しい物言いをするのは遣る瀬無い不安のせいだとわかっている。そうさせているのが自分だという事も。それでもチクリチクリと刺される度、酷く惨めな気持ちになった。

「違うのか?」
 辺りはとっぷりと夜の闇に暮れている。バス停の傍の街灯は目に痛いほど爛々と燈されているが、照らされ浮き彫りになる露伴の表情と違い、帽子で光の遮られたこちらの顔が彼にどう映っているのかわからない。ただ、自分の声は無機質で冷たく聞こえた。
「ぼくがあんたのモノになったんじゃあない。あんたがぼくのモノになったんですよ」
 はっきりとそう言ってみせる、露伴の視線は咎める様にすら見える。空恐ろしくてつい、正面の道沿いに視線を逃がした。
 町の外れで他に人影もない。手の甲に摺り寄せられ、そのまま手を握られた。自分も握り返しながら、何故たったこれだけの事で別れる気が薄れてしまうのか不思議だった。やはりつまらない執着にも思えてしまうのが余計、意味がわからない。
「……違うのか、それは」
「全然違うでしょ」
 露伴の声は苛立ちを含んでいる。今まで彼を喜ばせた回数より怒らせた回数の方がきっとずっと多いのだろう。
「つまり、あんたとぼくの話じゃあなくて、ぼくとあんたの奥さんの話だよ」
 それでも露伴は手を離そうとしないのだ。

 また、睨む気配が自分の方を射抜いてくる。
「……ああ」
 まるで蚊帳の外の様な言い方をされた気がして、相槌を打つ自分の声が妙に掠れてしまう。
「だからって、無関係じゃあない」
 けれど実際は、問題の集約された中心に居るのが自分だ。

 ようやく露伴の顔に視線を向ける。呆れた風ではあるが、諦めた様な苦い笑いも口の端に浮かんでいた。
「本当に、そうですよ……あんたも悪いし、ぼくも悪いんだ」
 強く手を握られて、こっちは握り返す力がむしろ弱くなる。

「ぼく達は共犯者ですよ」
 その一言はまるで、最大の秘密を打ち明ける様にさえ聞こえた。

「……そうだな」
 また顔を伏せると、身体を傾けて下から覗き込まれる。視線が合うとまるで責められている様で、そう感じてしまうのが情けない。
「嬉しくないですか?」
 露伴は茶化す様に言いながら、いかにも不満げな声音を作って見せる。その目は笑っていない。彼が不安を隠そうとしているのに、気付きながらフォローしない自分が本当に情けないし、本当にどうしようもない。
「喜んじまうと、悪化しそうだ」
 本当は何をしたって状況は悪くなる一方なんだろうと思いながら視線を逃がしかけて、余計彼の気分を害するわけにはいかないと思いなおす。それでも揺れた瞳に、露伴が気付かないはずはないのに。 
「……承太郎さんは冗談が上手いなぁ」
 けれど、今度は彼の方が俯いた。街灯の灯りがはっきりと照らす分、影はより濃くなって彼の表情を隠してしまう。握られた手に更に力が込められて、ようやくまた自分が馬鹿を言ったらしいと気付かされる。
「何がこれ以上、悪くなるって言うんですか」
 露伴のその声は、小さく震えていた。

 バスの走る音が、今になって遠くから近づいてくるのが聞こえる。
 返事の代わりに自分はただ、彼の手を握り返す事しかできなかった。



 2013/11/04 


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