重さ   承露



 床に散らばった二足の靴の、それぞれサイズもデザインも全く異なっているのがベッドの上からでも良くわかった。
 承太郎さんの靴はシンプルで重そうな革靴で、ぼくのはヒールの高いエナメル靴。のそっと起き上がってしゃがむと、エナメルのテカテカした光沢に自分の影が映り込んだ。

「露伴」
 顔を上げると承太郎さんがすぐ傍に立っていた。
「何やってるんだ」
 両手のマグカップからは香ばしいコーヒーの香りが湯気と一緒に立ち上っている。階段を上る時、ぼくはスリッパだとパタパタ軽い音を立ててしまうけれど承太郎さんはパタン、パタンと重たくて静かな歩き方をする。だから接近に中々気付けなくて、朝はいつも彼との距離を計り損なう。
「……靴。脱ぎ散らかしてたから揃えようと思って」
 例えばこの革靴をどこかに隠したら一日くらい引き留められるだろうか、と。想像していたのは言わずにおいて、カップを受け取る前にまたしゃがんで靴の踵に指をかける。やっぱり承太郎さんの靴は重いし大きい。足のサイズどころか体格まで全く違うんだから当然だけれど、男としてそこは少しだけ歯痒い気がする。揃えて置くと仁王立ちするいつもの彼の姿と重なって、格好良い人だよなぁ、と頭の中でだけ嘆息してしまう。それに比べると自分の靴は軽くて小さくて、けれど硬い。揃えて置くだけで、神経質で余裕がないように見える。憂鬱に拍車がかかった。

「どうせもうすぐ履く」
 カップを受け取ると、承太郎さんはゆっくりベッドに腰を下ろした。その態度がやはり悠然としていて、ぼくはコンプレックスを刺激されずにはいられない。
「……横着だなぁ」
 刺激されるけれど、どこかで諦めているのも確かだった。何となく、隣に座る気が起きなくて立ったまま見つめていた。
「何なら履かせてあげようか」
 言葉に悔しさを滲ませながら、爪先で揃えたばかりの彼の靴を小突く。やっぱり重たいんだろう、少しずれた様にしか見えなかった。
「服を着てからならな」
 平然とした表情で、承太郎さんはマグカップを傾けている。家に元から一つだけ置いていた濃い青色のマグカップは最近彼専用になっていて、普段自分で使うのも何となく気が引けた。
「その前にシャワーも浴びてから、でしょ」
 自分もようやく口をつけて、コーヒーの暖かさにホッとする。肌寒い季節になってきたせいで余計寝室を出たくないんだけれど、彼が熱いコーヒーを淹れてくれる事だけは朝の特権として素直に喜べた。

 彼が首をちょっと傾けて隣に座るよう促した。のろのろ近づいて座ったけれど、丁度自分の靴が邪魔になってしまう。こっちは爪先で蹴ると簡単に転がった。
「寒いな」
 彼が身体を折り曲げる様にしてぼくの肩に寄りかかり、しばらくそのまま黙っていた。鼻先がぼくの髪に擦り付けられてこそばゆい。鼻や頬が冷えていて、けれど髪越しで段々に熱が伝わって和らいでいくのがわかった。肩に触れた彼の肌もじわじわと熱を感じさせてくる。かけられた体重が重たいと思ったけれど、この重さは酷く心地が良かった。
「……熱いシャワー浴びれば、目も覚めるよ」
 コーヒーが温くなる前に飲み干したいと思って、目だけ彼のマグカップに向けるともう底が見えていた。一口の大きさも随分違うというのを忘れていた。
「朝は色々億劫だ」
 何もしたくない、と言いた気に、また余計こちらに体重をかけてくる。押し返しながら、もう一度二人で毛布にくるまってしまいたい欲求が沸いてきて少し困った。
「コーヒー淹れる余裕はあるクセに……。ほら、洗ってる間に浴びてきてよ」
 自分も残りを胃の中に流し込んで、彼のマグカップを受け取る。青色のそれは自分が持っていたものより縁が分厚いのか、何となく重たい気がした。

 一緒に階段を降りると、やはり歩く音の重さが全然違うと思い知らされる。単純な体重の違いもあるんだろう。むき出しで目の前を降りていく背中の、その広さでもそれがわかった。それから重たい靴も重たいマグカップも、そんな風にしっくりくるものがある彼が酷く羨ましかった。

 流しにマグカップを二つ並べている間も、承太郎さんは大儀そうに窓の外を眺めていた。
「承太郎さん?」
 振り向いてシャワールームの方を指差すと、一瞬眉を顰めて困った様に笑った。
「……世話焼きだな」
 後ろから、彼がまた額だけ肩に乗せ、体重をかけてくる。その重さや熱さに気を取られない様に蛇口をひねると、冷たい水が指先の感覚を鈍らせていく。
「シャワー浴びないまま帰りたいって言うんなら、別に良いですけど」
 彼のおかげで自信を喪失してしまっている自分には、浴びないで良いからそのまま家に居てよ、なんて口走る事は出来そうになかった。

「あんたの傍は」
 しばらく彼は黙っていた。マグカップ洗い終えて水を止めた時になって、身体に腕を回され抱き留められた。そのままグリッと、額を擦りつけられる。きっとこれも自分がやるより随分重いのだろう。
「……居心地が良すぎて、駄目だな」

 その重さが、どうしたってぼくは骨身に染みて、つらかった。



 2013/10/29 


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