悪い事   仗露



 自宅の玄関先に座り込んでいる人影に、露伴はバイクを降りてからようやく気付いた。

「センセーお帰り」
 近づいて来た露伴に、仗助は小さく片手を掲げて挨拶した。小脇には薄い鞄を抱え改造学ランを着込んでいる。その姿を、露伴は家の鍵を出しながら顔を顰めてじろじろと眺めた。
「……なんだ、今の高校生は泥だらけなのが流行りなのか?」
 仗助のいつも通りの格好に難癖付けるのは露伴の日課だった。しかしその日の仗助は露伴が言う様に、普段の格好に加え全身に泥がこびり付いている。もう完全に乾いているらしく、白っぽい泥は仗助が立ち上がるのに合わせてポロポロと玄関に落ちた。
「んなハヤリねぇよ」
 玄関の扉を閉めてすぐ、露伴が言う前に仗助は制服を脱いでいく。意地でも町中では体操着を着たくなかったらしい。
「さっき億泰見掛けたけどあいつも泥だらけだったぜ」
 呆れた様に言いながら露伴が箒を差し出すと、仗助は苦笑いをして受け取り、手早く落ちた泥を掃いた。
「あー、億泰と学校抜け出してコンビニ行ってたら、運悪く教頭に見つかっちまって」
 休み時間に抜け出すのは校則違反だから、と。仗助は鞄から取り出したビニール袋に学生服を詰めた。袋には確かに高校近くのコンビニの名が書かれている。その手元からまた、改めて露伴は仗助の全身を頭から下までしげしげと眺めた。
「……君みたいなのが通える学校でも校則はあるんだな」
「……どういう意味っスかソレ」
 言いながら、仗助も校則の緩さに随分助けられている自覚はあったので深くは言わずに置いた。置かせてもらっている自分の服をクローゼットから出して、いそいそと身に着けた。

「教頭のチャリから逃げてたら億泰がこけて、おれの服掴んでそのまま脇の田んぼにゴロゴロゴロ、と……。コントみてぇだったっスよ、我ながら」
 露伴がバイクで走りながら見た億泰はせいぜいズボンが泥に塗れているだけだった。リビングに向かう仗助の方は本人に見えていない首の裏にまでまだ泥が付いている。
「足引っ張られてるじゃあないか」
 しかし、後ろから見ても流石と言うべきか。ご自慢の髪には泥の一つも付いていない状態なのに気付いて、露伴はもはや感心してしまった。
「っスよ。結局教員室でみっちり叱られたし」
 そう口では言いつつも、仗助は困った様に笑って見せた。この間も億泰が購買部で三年生と喧嘩して仲裁に入った挙句、仗助がプッツンしてしまった、という話を露伴は聞いたばかりだった。
「……馬鹿ばっかりしてるんだなぁ、君たちは……」
 後ろからついて行きながら。露伴が爪でガリッと首の裏に付いた泥を引っ掻くと、仗助は肩をビクリと震わせて振り向いた。それから露伴が爪の間に挟まった泥を息で吹くのを見て、納得した様な顔をする。
「友達とは悪い事してこそ、って部分があるんスよ。健全な男子高校生にしてみると」
 悪い事、と言うには露伴が想像するより随分可愛い事に思えた。しかし健全な男子高校生、とわざわざ言う辺りはむしろ小狡さが透けて見えた。
「悪い事ねぇ」
 頬を手のひらで擦り上げて、露伴はさも聞き慣れない事を聞いた様に呟いた。
「おれも億泰とじゃねーと滅多にしないって」
 ソファーに腰を下ろした仗助は露伴の詮索を恐れたらしく、言い訳する様な口調になる。
「ふぅん。じゃあぼくも今度康一くんを誘ってやってみるか」
 露伴は仗助の正面に回って、その表情を興味深そうに見下ろした。

「いやいや康一巻き込むんじゃねーよ」
 億泰が悪友とも言うべき友人であるのに対し、康一は公明正大な良き友、という認識が仗助にはあった。少なくとも悪事の共犯に誘う様な相手ではない。
「生憎この町に友人と呼べるのは康一くんしか居ないんでね」
 しかし露伴の言葉で、確かに友人は他に居ないだろうな、と仗助は納得してしまった。しかし納得してしまったのに気付かれるとまたやっかいな気もしたし、近しい人間と言うなら自分でも良いのでは、という気もした。
「おれの立場無さすぎっしょ……」
 そりゃ友人ではないだろうけどと口をモゴモゴさせるのを見て、露伴は愉快そうに声を立てて笑った。
「可笑しい事を言うんだな」
 そして笑ったまま、座った仗助にまたがる様にソファーに膝を乗せた。

「恋人とするのはイイ事、って相場が決まってるだろ?」
 悪い事じゃあなくて、と。表情を作って、露伴はそう囁いた。

「……へ?」
 呆気に取られた仗助の表情を、また露伴は感心した様に眺めた。
「……反応が良すぎるのもつまらんな」
 すぐにパッと離れて行く露伴に、仗助はようやく気が付いた様に捕まえようと腕を伸ばして、その手は空を切る。
「いや、ちょっと待って!今の!何!」 
「待たん」
 遅過ぎるんだよと言って、首だけ振り向かせて露伴はニヤッと笑う。そのまま二階に上がって行く背中を、仗助は慌てて追いかけた。



 2013/10/26 


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