一緒の食事   承露 *密漁海岸ネタ



 部屋に入ってくるなり、露伴が目の前でよろめいた。一瞬体調不良かとも思ったが、そうでないのはすぐわかった。
「……一泊にしては荷物が多いな」
「開口一番にそれですか?挨拶くらいしてくださいよ」
 彼が肩にかけていた鞄を受け取ると想像以上の重量で驚かされた。露伴が残りの荷物を床にボトボト落しながら勝手に奥に進んで行くのを、自分は後ろから拾ってついて行く。ベッドの上にダイブして、そこでようやく露伴はああ重かった、と一言呟いて笑った。

「あんたはいちいち急過ぎる」
 財団の仕事でしばらく東京に滞在している、というのは以前から伝えていた。ただ、特にわざわざ会おうと予定を組む事もなく数週間が経過し、伝えた事すら自分はもう忘れていた。それが昨晩、急に明日訪ねても良いかと電話がきた。
 荷物を部屋の隅にまとめて降ろして改めて見ると、一泊、と先だって言われていたにしてはやはり多過ぎる様に思えた。
「ぼく、承太郎さんに会いたくて昨晩からうずうずしてたんですよ?」
 本当は朝から来たかったけど仕事があるって言うし、と。なにやら楽しげに露伴がベッドの上でゴロリ、と転がったのを見て、元からさほどなかった毒気が更に抜けた気がした。ポーズだけの溜息を吐いてベッドに腰掛けると、露伴の方も上半身を起こした。

「……で、今回はどんな風に死にかけた話なんだ?」
 露伴が口を開こう、とするその瞬間にそう言ってやる。露伴が口を半開きにしたのがやけに面白い気がして、つい自分も笑ってしまった。
「……なんでわかるんですか」
 不思議半分、悔しさ半分に聞こえる露伴の声がまた面白い。けれど笑ったままだと機嫌を損ねそうだ。煙草の箱を胸ポケットから出しながら、わざと呆れた様な表情を作って見せる。
「あんたが急に来る時は大体そういう話だ」
 山を買った時もフランスから帰って来た時も、といくつか例を挙げながら煙草の箱を覗くと、重さの通り中身は一本も入っていなかった。くしゃっと握りつぶして露伴の方を向き直ると、やはりどこか悔しそうな表情を滲ませていた。
「……でも。今回は、あなたの好きな海の話ですよ!」
 仕切り直す様に口調を変えたのがやはり面白かったが、止める間もなく話はじめたのを中断させる事もないかと思って、笑いそうになったのをまた堪えた。

 今回の露伴はアワビに張り付かれて溺れ死にそうになったらしい。こちらが東方家の親戚に一応あたる、というのは流石にわかっているはずだが、事も無げに「密漁してやりました」と彼が話すのに、呆れてはしまうが注意する気はあまり起きない。自分も杜王町に滞在していた時期あの海岸を好き勝手に調べた、似た様な過去もあった。
 最初に海の話、と言ったわりに、実際の露伴の話はトニオ・トラサルディーの料理に関する話題の方が多かった。密漁したクロアワビではなくタコを食べさせられたがそれでも十分絶品の料理だったらしい。だからこそ余計クロアワビの方も食べたかった、と憎々しげながら大絶賛するせいで、自分も数年前に食べたきりのあの店の味をつい思い出してしまう。仕事が終わってすぐ合流した今、料理の話題は空きっ腹の自分には正直堪えた。
「そんなに良いモンならおれも食ってみたかったな」
 腹は鳴りそうだったが、言いながら自然に口元に笑みが浮かぶ。あのイタリア人もせめて手伝った露伴くらいには食べさせても良かっただろうに、と思わないでもない。ただ露伴がトニオ本人にさほど抗議をしなかったのは、野暮な事をしないよう彼なりに気を使ったんだろうとも推測できた。
 こちらが勝手に和んでいるのを少し訝しんだ様だが、すぐ露伴の方も笑みを返してきた。
「ですよね?承太郎さんならそう言ってくれると思いました!」
 けれど突然声が明るくなったかと思うと、ベッドから降りて山になっている荷物を漁り出した。一番重たかった鞄はクーラーボックスになっていたらしい。まさかと思い近づいて覗き見ると、その中には話通りやけにでかいアワビが転がっていた。
「くすねてきたのか」
 滅多にお目に掛かれないサイズに思わず凝視してしまうが、視界の端では露伴が他の鞄から次々、ホテルの簡易キッチンには置いていない細かな調理器具を取り出している。こっちは彼の家で見た事があった。
「言い方が悪いなぁ。ぼくが捕まえてぼくが運んだ分くらい、貰っても良いでしょう?」
 来るまでに鮮度は落ちたかもなぁ、と。そう喋る間も無数の荷物の中から、アワビ以外の食材までどんどん露伴は取り出していく。財団が滞在用に借りてくれた、豪華ではあるが生活臭のしていなかったホテルの自室が、一気に騒がしくなった気がした。
「レシピは聞いた上で、スタンド使って読ませてもらいました」
 最後に取り出したメモ帳には、確かに露伴の字で細々と料理の手順が書き込まれている。ただ、どう考えても料理には関係ないトニオの記憶に関するメモ書きの方が多く見えた。
「トニオさんの料理ほど美味しくはなんないだろうけど、二人で一緒に食べましょう」
 けれどそう言って屈託なく笑ってみせらると、言及する気がやはり削がれた。

「……客はあんただ。おれが料理しよう」
 メモ帳を彼の手から取り上げると、一応は自分でも作れそうだと、言った後から確認して安心する。露伴は少しだけ驚いた様だった。
「あれ、珍しく優しいですね?」
「……苦労して、運んで来てくれたみたいだからな」

 一緒に、という露伴の気持ちが嬉しかったのだと。正直に口に出すのは、やはり野暮という気がした。



 2013/10/24 


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