代償   承露



 露伴の自宅が火事で焼けて数日が経った。
 被害のない部屋の方が多かったが、寝る時には煤の臭いが嫌だと言って現在はホテルを取っている。承太郎たちと同じ杜王グランドホテルの一室だが下の階でグレードも落ちている。それでも、二人が頻繁に会うには充分好都合と言えた。

 焼け落ちた家具のリストアップをして欲しい、と。
「……忙しい先生には手間かもしれんが」
 自分から切り出しておきながら、煙草に火を点けながら言うべき事ではなかったかもしれないと、承太郎は一瞬手を止めた。
「別に良いのに。承太郎さんが焼いたわけじゃあないんだから」
 露伴の方は気を悪くした様子もなく、呆れる様にそう言って笑った。

 火事が起こった事自体は事故だと、露伴本人の口から承太郎も聞いている。ただそうなった根本的な原因には東方仗助が関わっている、という恨みつらみも露伴は愚痴っていた。
「厄介な親戚を持ちましたね」
 言われた承太郎の方は眉間に皺を寄せた。自分はホテルのシーツであっても焼くわけにはいかないとでも思ったらしく、テーブルの上に手を伸ばしてタバコの灰を慎重に灰皿の上に落した。
「……金はジジイの財産から出るから、おれに支障はない」
 ジョセフ・ジョースターの事を出されて、一瞬露伴も言葉を詰まらせた。火事を知った際も露伴の安否を心配し、更に自分の息子が絡んでいると知った時は酷く青ざめていたと。承太郎からそれを聞いた時、老人の心臓には堪えそうだと、騒ぎの中心だった露伴も少なからず申し訳なさを感じていた。
「……まあ、そういう事ならあいつ本人に弁償を迫ったりはしない事にします」
 丸め込まれた気もしているが、露伴からしてみるとジョセフにわざわざ申し出られるよりは、承太郎を介した方が随分気が楽にも思えた。少なくとも気の毒な老人に泣いて謝られるよりは、ベッドの上で煙草を吹かしながらの承太郎に言われた方が、露伴も了承し易かった。
「そうしてくれると助かる」
 また、承太郎が慎重に煙草の灰を落とそうとして、むしろ指先が震えたらしくシーツに落ちた。
「それ、ぼくの家でやったら怒りますから」
 露伴は表情を変えずに、枕元にあったティッシュの箱を承太郎向けて放り投げた。無言の承太郎が灰を拭おうとし、太い指先で余計に擦り付けてしまうのをしばらく眺めた後、ようやく可笑しそうに口元を緩めた。
「ああでも、今後も本人に嫌味くらいは言わせてくださいよ?」
 けれどすぐに、思い出した様に言いながらわざと眉を顰めてみせる。過保護な親族が尻拭いをしてくれたところで、仗助の居直った姿勢が気に食わないのも犬猿の仲であるのも、露伴からすれば変わりなかった。
「……イカサマが見破れなかったんなら、もう勝負はついてるだろう」
 露伴の方もムッとして、睨み合いの形になった。承太郎にも仗助がどんなイカサマをしたのか聞いた限りでは判断付かなかったが、露伴が結局暴けずに終わった、という事だけは双方の話を整理する内に理解できた。
「その前にあいつが逃げ出したのが悪いんです。あれはノーカウントです」
 しばらくそのまま睨み合ったが、真面目な顔で露伴が主張してみせるのに、今回は承太郎の方が折れた。

「よく、自分の家が燃えてる中続けようと出来たな」
 苦笑いをしながら承太郎が胡坐を組み直す。それを見て露伴も、少し首を傾けて表情を崩した。
「家も家具も気に入ってるけど、執着し過ぎてもしょうがないでしょ」
 不安定な仕事だからいつ手離す事になるかわからないし、とあっけらかんと言ってみせるのに、承太郎はまた、呆れた様に笑った。灰皿を引き寄せて、今度はしっかりとこぼさずに灰を落とす。
「でも、特に気に入ってたソファーとか……物によってはもう入手困難な物もあるんですよね」
 それをまた眺めていた露伴が、何か閃いた様な顔をした。ズリッ、と身体を浮かさずに近づいて、剥き出しの膝の上に手を乗せる。
「お金だけポンと出すんじゃなくて、なるべく現物でお願いしますよ」
 わざとだとわかるよう、媚びた笑みを作っている、と。理解しながらも反応してしまうのに、承太郎はまた自分で苦笑してしまう。
「……入手できなかった時は言い値を出そう」
 承太郎は観念した様に呟いて、露伴の顔を覗き込んだ。灰皿に煙草を押し付けると、一気に紫煙が薄れて視界が鮮明になった気すらした。
「ジョースターさんのお金なのに良いんですか?そんな約束して」
「孫任せにしてる方が悪い」
 承太郎が即答するのを聞いて、露伴は心底愉快そうに笑う。そのまま承太郎を引き込む様に、シーツに自分の背中を押し付けた。


「あともう一つ、家具の輸送には承太郎さんもついて来てくださいね。……家に来る口実、増えるでしょ」
 腕を回しながら露伴が何食わぬ顔で条件を付け加える。承太郎は内心で面食らいながらも表情には出さなかった。
「先生も、中々厄介だな」
「嫌なら別に断ってくださっても結構です」
 また、露伴はしれっとした口調のわりに、試す様な視線をしてみせた。

「いや。……来る時には、新品のシーツもつけよう」
 耳元で囁かれて、露伴は一瞬驚いた様に目を見開く。けれどすぐに承太郎の口の端の笑みを見つけた。なんならシーツだけでも良いですよ、と笑うと、また優しくその腕を絡ませた。



 2013/10/20 


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