失恋   仗露



 一瞬目が合ってしまった気がして、慌ててそっぽを向いてしまう。
「仗助。何、顔逸らしてんだよ」
 けれどそう言われて、渋々背けていた顔を戻す。露伴はニヤニヤ笑いながら近づいて来て正面の席に座った。
「今の彼女かい?最近あんまり顔出さないと思ったよ」
 露伴はもう随分遠くに見える同級生の後ろ姿をしげしげと眺めた。丁度テラスに出て来た店員にアイスティーを頼んで、ようやくまたこちらの方に顔を向ける。
「……億泰たちには言わねェでくださいよ」
 言いながら、神妙そうな顔をわざと作って見せる。別に本当はバレても大した問題はない。ただ、友人として今まで隠していた事がバレたならどういう態度を取るべきだろうか、と。今の数十秒で必死に考えただけだ。
「ハハッ、どうしようかなぁ。ああいうのが君、好みだっけ」
 露伴の方はそれに気付きもせず、いかにも面白そうにまた笑った。


 吉良の一件の後も、岸辺露伴とのいがみ合いはしばらくの間続いていた。一方的に露伴の方が自分を嫌っていただけだが、それでむしろ頑なになったのはこちらの方だ。どうにか懐柔してみせようと意固地になって、彼の家に通い続けた。毎日飽きもせず、とため息まじりに言われても通った。当初はただ友情を期待していただけだと思う。
 けれど自分の言った冗談で、露伴がはじめて本当に可笑しそうに笑って見せた時。その時、本当に衝撃を受けた。雷に打たれた、という表現がしっくりくる。それぐらい自分にとっては衝撃的な事で、しばらく口がきけなかった。ようやく歩み寄れたという成功の喜びが大き過ぎたんだろう、と最初は思っていた。動揺を隠せずその日はいそいそと帰ってしまった事も覚えている。これが恋なのかと気付いたのは、またそれから数日経ってからだった。
 自身の気持ちの変化に気付いてからしばらくの間も動揺しっぱなしだった。同性で年上でいがみ合っている相手によもや自分が、と。思わず家に通っていたのを止めた。けれど同じ町に住んでいる以上顔を合わせないわけにもいかない。偶然出くわした日に「もう家には来ないのかい?」と言われてつい、その後を付いて行ってしまった。その日になってようやく、彼にとって自分が友人の一人になっている事も知った。


「……露伴の好みのタイプってどんな子?」
 ようやく友人になれた相手にいきなり恋心を告げた所で、どうなるかは簡単に想像できた。だからこそ気持ちは常にひた隠して友人として接してきたし、誤魔化す為に告白してきた同級生と付き合ってもみた。それでも言いながら自分で悲しくなってきて、椅子の背凭れにだらしなく身体を預けてしまう。
「前もそんな話しなかったか?」
 露伴は自分の座り方とは正反対に、少し背を丸めて机に頬杖をついた。彼が気の置けない相手と接する時の、リラックスした態度だ。自分と居てそうしてくれるのが嬉しい気もするし、それがあくまで友人に対しての態度であるのは悲しい気がした。
「まあ、年上で落ち着いてるひとかな。あと胸もでかい方が良い」
 そう、友人として付き合いだしてみると、案外彼がただ普通の男である事が良く分った。エキセントリックな変人、というのも間違っていない。けれど、友人とのちょっと下世話な話題にだって乗ってくれる、平凡な普通の男としての一面もある。恋愛対象は言及するまでもなく異性の女性である、ただの男。その極めて普通の事が、毎回の様に自分を滅多打ちにした。
「おまえの好みとは正反対だな」
 からかう様に言ったのは、同級生と比較しての事だろう。確かに溌剌としてまだ未成熟な彼女は真逆にも思えた。

「……別れよっかなぁ」
 けれど本当に好みなのは、なんて話が出来るはずもない。彼の恋愛観を聞く度に自分は毎回失恋した様に気が沈んでしまう。実際失恋となんら変わりない。告白すらしていないだけだ。テーブルに突っ伏しかけて、ポンパドールの部分が触れる前にそれに気づく。横を向いて頬を押し付けると、想像よりも冷たく感じた。
「はぁ?ぼくは別に君の彼女を貶してるわけじゃあないぞ?」
 そのままだと露伴の顔は見えないが、いかにも訝しげな声に聞こえた。可愛い子だったじゃあないか、とフォローまでしてくる。それも友達だからこそなんだろうと思うと、やはり何もかも悲しかった。
「……あの子よりおれの方が胸囲あるもん」
 ぼそり、と呟いた後、しばらく露伴の反応がなかった。何か気付かれてしまっただろうかと一気に血の気が引いた。けれど急に露伴が笑い出したので、思わず顔を上げた。
「何だそれ。関係ないだろ」
 一頻り愉快そうに笑った後、笑い過ぎで涙まで滲んだ目元をぬぐいながら露伴がようやくそう突っ込んでくれた。彼の中では笑えるジョークでで処理されてホッとした反面、冗談で済まされてしまうのが遣る瀬無かった。また、失恋の回数がカウントされた。
「まあ、合わないんなら別れりゃ良いじゃあないか」
 丁度露伴の注文していたアイスティーが運ばれてきて、受け取るのを見ながら自分も椅子に座りなおした。ストローをくるくる回しながら、やはり露伴は面白そうに笑っていた。
「露伴って無責任っスよね」
 自分はついでにコーヒーのおかわりを頼んでから、改めて露伴の顔を一瞥する。こちらの気も知らないで、と隠している側でありながら思ってしまうのはやはり身勝手なんだろうか。
「実際ぼくに責任なんてないだろ?」
 いやいや責任重大だよ、と。言ってしまえるなら、きっと楽だったろうに。

「合わないってわけじゃないんスよ」
 本命がいるのに付き合っているのも可哀想でしょ、と付け加えるには自分に度胸が無さ過ぎる。
「さっき見てたけど、ぼくと居る時の方がよっぽど楽しそうだったぜ」
 コーヒーのおかわりが注がれる間、露伴は黙っていた。けれど店員が立ち去った後、自身もアイスティーに口をつけながらさらりと爆弾を落として見せた。
「……マジっスか」
 頭を抱えたら流石にバレるかもしれない、と我慢したが、やけに自分の事に鈍感なこの男ならそれぐらい平気だったかもしれない。むしろバレた方がよっぽど気が晴れる気もする。
「まあ、君の歳なら男友達の方が気兼ね無いって気持ちもわかるけどね」
 友人ゆえの気遣った調子が、今はやっぱりどうしても自分にとって悲し過ぎる。あとどれくらい、自分はこの失恋に耐えられるんだろう。



 2013/10/16 


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