悲惨な目   承露(+仗露)



 前髪をぐしゃぐしゃと手櫛でかきまぜられたかと思うと、すぐ額に全てかかる様に撫でつけられる。視界が遮られたのと一種の不快感で、自然と相手を睨む様に目を細めた。
「あ、やっぱり。承太郎さん、前髪下ろした方が若く見えるよ」
 自分の気が乗らない日に限って、露伴の声はいつも楽しげに跳ねて聞こえた。露伴の気が乗らない日はそもそも会ってすら貰えないのだから、必然的にそうなっているとも言える。それでも懲りずに毎回彼の家に呼ばれて出向くのは、自分が馬鹿になったせいだけではきっとない。というか、そうさせる何かがあるんだとでも思っていないと、余計頭が可笑しくなりそうだ。

「邪魔でしょうがねぇな」
 首を振ると少しだけ視界が開ける。露伴は何がそんなに愉快なのか本当にわからないが、相変わらず楽しげに笑っている。目視してまで不愉快を感じる必要もないと思って、またすぐ俯いて目元を自分の髪で遮った。
「ぼくの前では下ろしといてくださいよ。可愛く見える」
 その隠した目元を、露伴がまた腕を伸ばしてチラリ、とすぐ剥き出しにする。視線が合う度に嘲られている気がして嫌になってくる。可愛い、という言い方が特に不快だ。抱かれて可愛がられる側はおまえの方だろう、と言いかけて、あまりに惨めに思えてその言葉は飲み込んだ。
「……一々髪に構ってられるか」
 髪を捲る手から身体を反らして逃げて、逆にこっちが彼の髪に触れる。抵抗どころか撫でろ、と言いた気にすり寄せてくるのがやはり自分には不愉快だった。
「あんたこそいつもそうしてればどうだ」
 それでも無言でせがまれるまま、愛撫を始めてしまう自分にとことん辟易してしまう。ヘアバンドも衣服も身につけていない今の姿の方が、外で会う事のほとんどない自分の目には深く馴染んでいた。
「下向く仕事だから。ぼくも邪魔なんですよね」
 笑いながら言って、露伴が顔を撫で回してくる。可愛くてたまらない、という顔のまま、唇を押し当てるだけのキスを降らせてくる。

 彼のする他人の可愛がり方は野良の犬猫を餌付けするのに良く似ていると思う。自分のしたい時にだけ可愛がって与えて、その日気の向いた奴を撫でる。けれど飼う気は決してない様に見える。
「うん……やっぱ、若く見える」
 それで懐いてしまう自分は一体、と。思ってしまうからこそ、不快を感じざるを得ないんだろう。
 
「あと、仗助のやつとも顔、やっぱり似てますよね」
 しみじみと言いながら露伴が顔をくすぐってくる。不快感はなるべく受け流そう、とぼんやり頭の中で覚悟を決めた所だったので一瞬受け流しかける。それからしばらく撫でられ続けて、ようやく仗助の名前が出た事に気付いた。
「何?」
 思わず手首を掴むと愛撫が止まる。目を見開いてしまったが、きっと前髪に隠れているのだろう。露伴はこちらの驚きに気付かない様だった。
「あいつもあいつで、普段はあの髪型に目が行くからさぁ」
 もっとも顔の系統自体は違うけど、と続けながら、露伴は緩く掴んでいた手を振り払ってきた。慌てて放す。その間も頭の中で色々な考えが回転していくくせに、何一つ整理がつかなかった。

「……それは、」
 声が上手く出せなくて、自分でも動揺し過ぎだと驚く。
「はい?」
「あの髪型じゃねぇ仗助を、見た事があるって事か」
 露伴に餌付けされた内の一匹である事くらいは自覚していた。先約がある日に誘っても簡単に断られるし、前日の跡が残ったままの日もある。妻子がいる以上遊び相手である事に苛立つ自分の方がどうかしてると、常々思ってきた。けれど自分の年下の叔父とまで関係があるとは一切、考えた事もなかった。
「……あれ、言ってませんでしたっけ?」
 今度は露伴の方が、驚きに満ちた瞳を見開いた。

「あいつはあんたとの事、前から知ってますよ」
 驚いた顔のまま、露伴は自身の髪を後ろに撫でた。自分も改めて驚かされる。今まで仗助がそんな片鱗を見せた事があっただろうか。そもそもあの仗助がこの男と?と、人懐っこい顔ばかりが浮かんで全く想像がつかなかった。
「あんたがアメリカに帰る前に三人でやりたいね、とか。仗助とは話してたんですけど」
 具体的な事まで出されて、嫉妬や惨めな気分と同時に、自棄を起こしてしまいたい気がした。何なら今から呼んでも良い、と続ける露伴の顔は、もう既に驚いた顔から愉快そうな笑顔に歪められている。
「やめろ。聞きたかねぇ」
 知らないままでいた方がマシに思えて、自分は言葉を遮って顔を背けた。

「意外だなぁ」
 悲しむ隙もこちらに与えたくないのか、露伴は不快を誘う笑顔で覗き込んでくる。
「あいつよりよっぽどガキみたいじゃないですか」
 それから可愛いなぁ、と付け加える。しきりにまた、露伴は顔を撫でてきた。

 それでも自分よりよっぽど、仗助の方が可愛がられていそうだと。そう考えてしまう自分が、酷く惨めだった。



 2013/10/14 


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