残念な人   承露



「息子も欲しかったな」
 女児向けの洋服売り場を目指していたのに、承太郎さんはその直前の男児向けコーナーで立ち止まってしまった。ふと手に取った小さなTシャツには、センスのない配色で今放映されている戦隊モノのキャラクターが描かれている。

「……はぁ?」
 先ほどまでも幼児用の靴は丸っこくて愛らしいと言って、こちらが促すのも聞かずにしばらく売り場を離れようとしなかった。どこまでも自由過ぎて本気で参ってしまう。きっと若い内に過酷な戦いをし過ぎたせいで頭がいかれちまってるんだろう、と最近は思う事にしている。
「仗助を見てるとジジイが羨ましくてな」
 承太郎さんはこちらの苛立ちに気づかずにわざわざ理由を教えてくれたが、あんな図体のでかい高校生の息子が急に出来ても普通羨ましくとも何ともないだろうに。やっぱり頭のネジが何本かぶっ飛んでいるのだろうか。あのスカタンもスカタンで案外甘ったれだから、叔父と甥の関係が年齢のまま逆転して懐かれている事自体、楽しんでいるのかもしれないが。
「そうじゃなくて……そういうのはぼくじゃなくて、奥さんと話し合ってもらえませんかね」
 ただ、息子についての話をするなら何もぼくじゃなくても良いとは思う。東方仗助と犬猿の仲である事くらい、彼も知ってはいるはずだ。忘れてる可能性もあるけれど。奥さんじゃないにしても、ジョースターさんに直接羨ましいとでも言えばいい。愛人でしかも男で、どうしたって子供を産む事が一切できないぼくに言う事では、本当に絶対に、ないと思う。
 そしてこの天然の発言には悪気なんて一切ないんだろうと、ここ数か月付き合っている内に十分理解できた。けれどその分、悪意がある発言よりずっと性質が悪い。
「正直に言わせてもらうなら、こういうのに連れてくるのもどうかと思いますけど」
 ぐるっと見回すと、子供向けの衣料店の中は家族連れか、大抵は母親らしい姿しか見つけられない。男二人で居る客なんて滅多にないのだろうが、店員がこちらをチラチラ見ているのがさっきから気に食わなかった。
「すまない……おれが選ぶ物はセンスがないと、妻からいつも言われていて」
 娘に送る洋服を一緒に選んでくれ、と、何の取り繕いもなく誘われた時は、もしかすると全く別のサプライズでも用意した嘘なんじゃないかとまで思ってしまった。けれど実際は本当にそのままただの買い物で、もしこの後レストランで食事を、と言われても正直断って一人で家に帰りたいくらいだ。もし断ってもこの男なら「気分でも悪いのか?付き合わせてすまなかった」くらいでそのまま帰してくれそうだから、本当に遣る瀬無くなってくる。
「……もう色々諦めるしかない、っていうのはわかりました」
 きっと奥さんはぼく以上の苦労と忍耐を強いられているんだろうなぁ、と想像すると、むしろ愛人の方で良かった気もしてきた。ぼくも奥さんも早急にこんな男捨てるべきだとは思っている。
「……すまない」
 謝る彼の表情は本当にすまなさそうで、そういう所に絆されてしまったぼくも悪いんだろう。けれどやっぱり、全部が天然でやってるんだから本当に性質が悪いと思う。

「妻の事も、娘の事も、……あんたの事も、大切だと思ってるんだ」
 こういう事を言えてしまうのも、天然で、しかも空条承太郎その人だからこそ、なんだろう。
「……本当に、残念な人だな」
 だからって別に、惚れ直すわけじゃなくて呆れる一方ではあるんだが。

「別に奥さんの事も娘さんの事も、嫌いとかじゃないんですよ」
 埒が明かないと思って、勝手に女児向けの洋服コーナーで事前に教えられたサイズの物を適当に見繕っていく。いつの間にか彼も寄ってきてそれを見ていた。
「そもそも会った事ないし。というか、露見した時にぼくが恨まれる側ってだけですよね、実際」
 写真で見た事はあるので、ただ単純に似合いそうな物と言うよりは、一緒に写っていた奥さんが見ても気に入りそうな物をなるべく選んだ。残念な旦那さんを更に残念にしてすみません、という罪滅ぼしみたいな気持ちも込めているが、むしろここまでしっかり選ぶと承太郎さんが選んだわけじゃないとバレてしまいそうなので、少し趣味の悪いモノも混ぜておく事にする。
「ただあんたの事は、憎いし恨んでるよ」
 選ぶ手を止めないまま言うと、背後で承太郎さんがぼくの言葉で固まった気配がした。気にせずに何着か手に取って、持ちきれなくなった所でカートに入れるついでに承太郎さんの顔も一度振り返っておく。また、本当にすまなそうな表情でこちらを見ていた。
「……そうだったのか?」
 心底驚いた様な声音に、逆にこっちが驚いてしまいそうになる。何の自覚もないんだから本当に、残念過ぎてむしろ愛着がわいてくる。
「そうですよ」
 ただそれを全部言ったってこの天然過ぎる男が本質的に理解してくれるとは思えない。また服を漁るのに戻って、罵倒しそうになるのを堪えておく。実際ぼくの物にならないって時点で諦めるべき事なのに、未だに思い通りにならなくて悔しがってるだなんて、ぼくも本当に往生際が悪すぎる。
「好きだからこそ、恨みたくもなるってもんですよ」
 言いながら本当にその通りだ、憎い人め!と心の中では存分に罵倒した。けれどこれは罵倒じゃなく八つ当たりの方が近いかもしれない。なんだかんだでぼくも相当残念だ。また彼が黙りこくった気配がしたのを放って置いて服選びに専念して、しばらくしてカートに入れるついでに振り返る。まだすまなさそうな顔をしてたら笑っちまうかもな、と思っていたが、予想に反してどこか嬉しげにその顔がほころんでいて、今度こそこちらの方が驚いてしまった。

「何です、その顔」
「……好かれいて嬉しい、なんて言ったら、また怒るか?」
 彼にしては多分、思案した方なんだろうけれど。結局ぼくにそれを言ってしまっているんだから、全部台無しだ。
「……怒ります」
「すまない」
 それでもまだ嬉しそうな顔で謝るだなんて本当に、何て残念な人なんだろう。



 2013/10/03 


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