心の売り方   仗露



「露伴。あんた、おれになんかしてないでしょーね」
 二階からチャイムを鳴らしたのが誰か確認して、すぐにジャケットを脱いで玄関までかけ下りた。けれどその客は挨拶することもなく、警戒を隠さないまま切り出した。

「……いきなりなんだ、仗助。喧嘩売ってるのか」
 期待してドアを開けたのに、とまでは、今は言わない。腕を組んで、なるべく無表情を取り繕う。
「おれが寝てる間とか、勝手に何か書き込んでねーかって聞いてんの」
「いつやる暇があったって言うんだ。おまえが急に別れろって言って以来、はじめて会ったんだぜ」

 好きな女ができたと言って一方的に別れを切り出したのは仗助の方だ。少し聞いただけで、女子から告白されたのを受け入れただけだという事は分かっている。
「でもよぉ、別れる前ならいつでも書けただろ。何回泊まったと思ってんだ」
 しかし仗助は彼女持ちの余裕などみじんもなく、ひたすら訝しげに露伴の表情を窺っている。
「一体何を書き込まれたって言うんだよ……。それとな、彼女に悪いからもう会わないって言ったのもおまえだぜ?もう二度と会わないかと思ったのに」
 口ごもる仗助の顔をまじまじと見つめると、気まずそうに目を逸らされた。言いたくないことを言わせるのは愉快だ、無言で先を促す。
「……彼女とは別れたんスよ……なんか、そっちの相性、悪かったみたいで」

 思わず顔が明るくなりそうで、笑顔になるのを必死に堪えた。そして、何故そこまで書き込んだか気にするか合点もいった。
 同級生だと話していた彼女、仗助好みなのだからさぞかし清楚な見た目と性格だったのだろう。きっと十中八九処女だ。はじめてであろう女の子に、外国の血が混じった規格外の彼のモノをすぐ受け入れろというのは酷だろう。
 加えてぼくとやる時はガツガツしたと獣の様なセックスばかりで、仗助に正しい恋人同士の手順を教えてきたつもりもない。仗助からしてみれば、ぼくが処女でないことこそ気に障っていたのだろうし、すぐセックスに縺れ込むのを快く思ってもいなかったようだが。

「ふぅん。……入れよ」
 あまり関心がないように振る舞いつつ、身体を半分後ろに下げる。仗助はまた、訝しげに眉を寄せた。
「玄関でいいっスよ」
「おまえ、ぼくと付き合ってたことが通行人にバレてもいいのか?」
 少し悲しそうな表情を目元に作るのも忘れない。ぼくはバレたって構わないけど、おまえは違うんだろ、と。
「今のだって誰かに聞かれてたら、どんな関係かって邪推されても仕方ないぜ」

 予想通り、ほんの少しの罪悪感を持たせることができたようだ。仗助は足を踏み入れた。だが警戒を解くことはなくソファーにも座ろうとしない。仕方ないので、玄関の扉を閉めてそのままぼくは腕を組みなおした。
「ホントに何もしてないんスね?」
「言っただろ。ぼくがおまえと彼女の仲を拗らせたけりゃ、もっとスマートにやるね」
 実際書き込みは何もしていない。前触れなく別れを告げられたせいで取り乱したぼくに、そんな余裕はなかった。フラれることなどまったく予期していなかったのだ、別れてからもぼくは毎日泣いていた。

「じゃあなんで……」
「……簡単だろ」
 単純に手順を失敗したか、本当に相性が悪かっただけかもな、と。そんなことは勿論言ってやらない。半歩踏み出すと、仗助が更に緊張を強めた。
「おまえが……ぼくなしじゃもう生きていけないってことさ」
 驚きに目を見張る顔、仗助はやはり表情豊かで楽しいなと頭の片隅で思った。端正な顔だから黙っていても十分色男だが、くるくる顔色が変わるのが特にこの男の魅力なのだ。
「んなわけねーだろッ!」
 語気だけは強めるが、仗助から近づいて来たりはしない。もっともこの家は完全なるぼくのテリトリーだ、入ってしまった時点でもう十分射程距離なのに。

「そうか?ぼくは……おまえなしじゃもう駄目かもって、実感してるところだったんだ」
 今度は戸惑いの要素が多い顔。ぼくがそんなことを言うタイプじゃない、というのはぼくもこいつもわかっている。けれどこれは本心なのだ。自分は仗助の若くも充実した肉体と精神、両方の虜だ。
「おまえがぼくのわがままに愛想尽かしたっていうのは分かってるんだ……こう見えても、後悔しているんだ」
 素直で健気なふりをして、縋り付くような声を出した。計算だと彼は見抜くかもしれない。それならそれでいいんだ、ぼくが恥もプライドも捨てて言ってるんだって、よくわかるだろう。

 もう半歩近づくと、仗助も半歩後ずさりした。けれど玄関の扉は閉じているんだ。逃げ場はない。
「……溜まってるんじゃないか?」
 最後に一度だけでいいんだ、と。言いながら、露出した腰回りを自分で撫で上げ、出迎える前にジャケットを脱いでおいたのをしっかりと利用する。
「抱いてくれよ……おまえの熱い手で、かき抱いて欲しい……」
 仗助の喉が、ゴクリと上下した。

 勿論最後の一回にしてしまうつもりは毛頭ない。慎重に、ぼくには仗助しかいないと理解させてやろう。ぼくの愛は醜い執着の塊みたいなものだ。だが執着のない愛なんて、それこそ残酷に違いない。身も心も、お互いのモノにしなくては。


 そう、こっちは心さえ売りに出したんだ。今度こそ、逃がさない。



 2013/01/08 


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