秋口   仗露



 どこか喫茶店にでも寄るつもりでいたが、二人がふと見た自販機にはもう「あたたかい」と表示された飲み物が並んでいた。コンビニにもおでんが随分前から入っている、という話をしつつ、その自販機でコーヒーを買ってすぐそこの公園に足を伸ばした。

 ベンチに陣取った二人以外に、遊具もない公園に人の姿は見当たらない。秋口に差し掛かった杜王は東北の町らしく、段々に確実に、そして静かに寒さを深めていた。
 冷たい風が吹くと僅かに身震いする露伴を見て、仗助は缶のプルタブに引っ掛けていた指を止めた。
「先生」
「ん?」
 コーヒーで暖を取っていた露伴は首を竦めたまま仗助の方を向く。
「端」
 トントン、と仗助は指先で自分の口の端を叩いた。言われて露伴も思い出したらしく、自身の唇を薄らとなぞる。乾燥のせいで小さく切れた傷跡があった。
「治そっか」
 答えを聞く前に、仗助は露伴を覗き込んで優しくその唇に触れる。わざと数秒かけて切れた部分をなぞったので、一瞬露伴は顔を顰めた。

「あんた、こういうの気を使いそうなのに意外」
 その顔を見てにっと笑った後、仗助はベンチの背に凭れて、ようやくコーヒーの缶を開けた。ふわっと目の前に揺れた蒸気が白く見え、寒い季節が到来した実感を改めて仗助に与えた。
「違うんだよ。去年、気の使いすぎでむしろ荒れたんだ」
 リップを使ったりケア商品を試す内に痛めてしまった、と。何故か言い訳する様に言いながら、露伴も缶を開けるか逡巡して、結局最初の通り手のひらを温める事を優先する。その挙動を見て取った仗助が、また口の端を上げて楽しそうな顔をした。
「あ、おれリップクリーム持ってる」
 そしてすぐ思い出した様に、缶に口をつけるのを止めて自身の学ランのポケットを左、右、また左とゴソゴソやる。数十秒かけて、ようやくピンクで小さい筒状のリップを探し出した。
「先生こっち向いて。塗ったげる」
 缶をベンチの端に置いて、仗助が身体を露伴に向けたままニコッと笑った。露伴もつられて仗助の方を身体ごと向いていたが、しかしすぐハッとした風に首だけでそっぽを向いた。
「……嫌だよ」
 そう言いながら、チラリと公園の入り口を確認した。それをまた、仗助は見て取って笑顔を深める。
「別に人来ねぇって」
 ほんの少し間があったのは本気で嫌だと思ったわけではないからだろうと勝手に推測して、仗助はぐいっ、と、露伴の顎に手を添えて自分の方を向かせた。そのまま一度リップを自身の唇に押し当てて、体温で少し柔らかくなったのを確認した後、ゆっくり露伴の唇に塗っていく。

「……随分可愛い物使ってるじゃあないか」
 塗られる間大人しくしていた露伴が、終わってからすぐに仗助の手を掴んでまじまじと見つめた。自分の唇からもほのかに甘い匂いがして、それが気になったらしい。リップクリームの側面には小さくピーチ、と印刷されていた。
「クラスの女子おススメの、超保湿性高いってヤツ」
 首を傾げて、仗助は少し困った様に笑った。もしかすると押し付けられたのかもしれない、と露伴は一瞬考えたが、ピンク地にハートが舞ったリップクリームの見た目自体は仗助の趣味にも合いそうだとも思い、結局その点には何も口出ししなかった。
「……手の方はおまえの方が荒れてるな」
 代わりに、掴んでいた仗助の手の甲を指先で撫で上げた。やもするとザリッと音がしそうな感触があって、乾燥で痛み始めたばかりなのか、微かに白くなっている。
「先生はすげースベスベ。流石漫画家」
 握り返しながら仗助も露伴の片手を撫でる。手首の無骨さや血管の浮き方は勿論男性の手そのものだが、感触は妙になめらかだった。まるで赤ん坊の柔肌みたいだと、彼が自分よりも年上である、という事を仗助は一瞬疑いかけた。
「ハンドクリームなら持ち歩いてるぜ」
 露伴も開けてすらいない缶コーヒーをベンチに置いて、カバンの中をゴソゴソとまさぐった。取り出した薄い缶はいかにも薬用品、というシンプルな物だった。
「塗ってやろう」
 露伴はその蓋を開けて、もう一度仗助の手を取った。
「おお……先生超機嫌良いっスね」
 その調子がいかにも楽しげで、仗助はほんの少し気圧された。塗り込まれていくのを覗き込むと、露伴は視線だけ上げてにやっと笑った。
「ぼくもな、担当編集におススメされたヤツなんだ、コレ」
 言いながら、露伴はコツコツ、ハンドクリームの蓋を指先で叩く。露伴が愉快そうになった理由がわかり、仗助も安心してまた笑みを作った。

「それも女の人?」
「女の人」
 露伴のオウム返しに何それ、と声を立てて笑って、ようやく仗助は缶コーヒーに口をつける。中身はもう随分冷たくなっていた。しょうがなしに、呷る様にして一気にそれを流し込む。
「紅茶で良いなら、家で改めて淹れてやっても良い」
 それを見て立ち上がりながら、露伴も結局暖取りだけに使った缶コーヒーを鞄のサイドに押し込んだ。その言い方が露伴らし過ぎて、歩き出しながらも仗助は笑顔が絶えなかった。
「薬局寄って帰ろうぜ」
 紅茶の代わりにリップクリーム買ったげる、と笑いながら、仗助が隣に並んで覗き込む。
 露伴は少し間を置いて、嫌だよと言いながらそっぽを向いた。



 2013/09/27 


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