噂 仗露 「先生、あんた噂されてるらしいっスよ」 目を向けると、仗助は顔の高さに雑誌を掲げて見せた。確かにその表紙は自分が以前描いた読み切りのカラー絵で、すぐ横に『噂のカルト作家』云々のアオリがつけられていた。 「だからなんだスカタン」 無視して本を漁っても良かったが、仗助がわざわざ本屋について来た上読みもしない漫画雑誌を持って来たのなら何か理由があるのかもしれない。そう思って、一応返事を返した。 「何か感慨とかねーのかと思って」 けれど仗助はさもつまらなさそうに掲げていた雑誌を下ろした。たまたま自分の興味がある雑誌を探す時にふと『岸辺露伴』の名前が目に入っただけ、なのだろう。 「別に無いよ」 仗助から視線を外して、もう一度本の背表紙に目を滑らせる作業に戻る。大した品揃えは期待していないが、杜王町の小さな本屋はそれこそ掘り出し物と言うべき本が稀に見つけられた。漫画の資料としての有効性もだが、本を読む事自体も嫌いじゃない。その点仗助は漫画どころか教科書に載っている物語くらいしかほとんど読む機会がないらしい。それでもファッションやバイクの雑誌は好きだから、と言って、今日はわざわざ自宅に戻る道を迂回してまで本屋について来ていた。 「そもそも週刊漫画家なんて、全国区に名前が広まるのも当たり前の仕事だしな」 名前が売れる事自体はさほど興味がないが、人気があって売り上げもあれば漫画を描く上での自由度が上がるので、悪い気はしなかった。編集部の一部が若造だから、とはっきり舐めた態度を取らなくなったのも良い気分だ。仗助が持ってきた雑誌の様に、普段連載している物以外を描かせてもらう機会もどんどん増えてきた。 「そう?でも何か悪い事言われてねーかとか、褒められてねーかとか気になんない?」 その雑誌を、買う気もないだろうに仗助が一度片手でしならせた。一瞬ムッとしたが、自分の読み切りが載っている雑誌が売れ残るとは思わないし思いたくないので、それぐらい立ち読みの客が雑に扱っても良いか、と心を落ち着かせた。そもそも仗助は立ち読みの客ですらないわけだが。 「気にならないわけじゃあないが……どっちにしろ読まれてるなら別に良いさ」 このまま持たせているとどんどん扱いが悪くなりそうだと思って、仗助の手から雑誌を奪い取る。あまり印刷された自分の絵を改めて見る事はないので、少し新鮮な気もした。 「第一、どんな賛辞も罵詈雑言もぼくの耳に届かなけりゃ無いのも同じだろ」 雑誌のコーナーにそのまま歩いて向かうと、仗助も後をついて来た。一番上に戻しながら、その雑誌が平置きにされているスペースが他の雑誌よりも断然低くなっているのを見て少なからずぼくの読み切りの効果があったに違いない、と勝手に確信した。 「そういうモン?」 それに気づかれてしまったのかもしれないが、隣で覗き込んできた仗助が不思議そうに、けれどどこか楽しそうに笑った。 「じゃあおれが直接褒めてやるよ。露伴超カッコイー」 そのまま耳元で言われて、思わず反射的に身体を反対側に逃がす。格好良い、の言い方が変に間延びしているのが、茶化す様に聞こえて少し腹が立った。 「何だそれ」 そもそも今ここで格好良いと褒めるのは違うんじゃないか、と言及するのも面倒で、言いながら顔だけはしかめておいた。仗助はまだ笑っていたので余計イラッとくる。脛を小さく蹴って、ようやく仗助も笑顔を崩した。 結局掘り出し物は見つからなかったので、そのまま店を出ようとする仗助を引き留めずにレジに向かう。店員に話を済ます内に仗助は引きかえしてきたが、その姿が従順で馬鹿な犬の様で少し気が晴れた。 「持てよ」 差し出すと、案外仗助は素直にそれを手に取った。紙袋の中には重たい二冊組の画集が入っている。適当に本を物色しに来たわけではなく、予約注文していたこの画集を受け取るついでに見て回っていただけだった。 「これじゃ荷物持ちじゃん」 改めて本屋から出ながら仗助は唇を尖らせて不平を唱えたが、言うほど本気で嫌がっている風もない。 「それ以外に何があるって言うんだ?」 少なくとも自分が馬鹿に重い画集を持って運ぶよりは、無駄に体力の余っている仗助に任せた方が合理的だ。そうでなければ本屋についてくる同行自体却下しても別に構わなかった。 「んー、……買い物デートとか?」 そう言って仗助は首を僅かに捻った。まるで学校の鞄を持つみたいにひょい、っと軽々紙袋を下げているのが、予想通りなのにも関わらず少しムカつく気もした。 「……君の頭の中は平和そうで良いな」 自分も呆れた調子を声に含ませつつ、小さく首を傾ける。傾けつつ、仗助の思わぬ返答に少し虚を突かれた気でいた。 「デートなら家に送り届ける所までちゃんとしてもらおうか」 にやっと笑ってしまうのを堪えながら仗助の方に目配せすると、仗助も一瞬虚を突かれた様に目を大きく開いて、そしてすぐ細めて笑う。 「そんな事したら、おれ達噂されちゃうッスよ」 言いながら、仗助はわざとらしく頬に手を当てて妙なしなを作って見せる。今度こそ、ついに自分も笑ってしまった。 2013/09/22 |