遊び事   承露



 珍しく穿いていたジーパンの上から太腿に手を這わせようとすると、手を掴んで振り払われた。気にせず壁際に押しやって顔を近づける。露伴はのけ反る様に顔を逸らして、それを拒否した。
「こんな所で……止めてくださいよ、承太郎さん」
 その時丁度、廊下の先からカキン、という音と共に球場中から歓声が上がった。どちらかのチームがようやくヒットを出したらしい。見逃したのは残念だったが、露伴もそれに気を取られて顔を上げた。その隙をついて口の中に自分の舌を滑り込ませる。お互い、口の中にはビールの苦味が淡く残っていた。
「スリルのある遊び、確かに好きですけど」
 一頻り唇を貪った後に顔を上げると、露伴はすぐに口の端を手で拭って息も整えずにこちらを睨んだ。

 観客席の歓声は既にただのざわめきに戻っているが、誰もこの薄暗い通路に降りてくる様子はない。先ほど使ったトイレも人の気配は一切なかった。
「遊び、か」
 思わずその言葉に反応してしまう。より身体を密着させて露伴を壁に追い詰めるとまたビールの匂いが鼻先を掠めた。どちらから匂い立ったのかわからないまま口を開くと、やはり自分の息からしてビールの風味に染まっていた。
「遊びでしょう?」
 酔いで少し赤くなった頬をしつつ、冷静な表情でそう返した露伴の息にも同じ様に混じっている。混じっているが、自分より程度は低い。飲んだ量の差かもしれない。自分は普段より抑えたくらいだが、露伴の方は観戦しながら飲むのは楽しいと言って、いつもよりピッチが速く見えた。それでも結局、実際の飲酒量はこちらが多かった。
「遊び以外の何になるんですか、こんなの」
 今の状況を指しているのか、それとも二人の関係を指しているのか。露伴はほとんど投げ遣りな調子でどちらともつかない呟きをこぼす。言いながら少しバツが悪かったらしく、顔を逸らして自身の髪をかき混ぜた。
「……遊びで本気になる事も、あるだろ」
「承太郎さんが?冗談でしょ」
 けれどすぐ、今度はこちらの言葉に笑って顔を上げた。その表情はさもくだらない冗談に苦笑した、という風を装っている。こっちに冗談のつもりがないと解った上で、それを冗談に仕立てたいからこその表情なんだろう。
「あんたがそれだけ罪深いって事だ」
 冗談として扱われるのは悔しいが、露伴からしてみれば既婚者の自分が何を言った所で、冗談として取る以外ないだろう、というのも勿論解りきっている。だから、自分もわざと冗談の口調を作って彼の耳元に唇を寄せた。
「酔っぱらい」
 露伴はそう言って笑って、また柔らかく拒絶する様に胸を押し返してきた。素直にゆっくり身体を離すと、自分から拒んだくせにどこか物足りなさげな表情で、露伴が僅かに首を傾げた。
「ぼくは遊びが良いんですってば」
 それに答える為にもう一度顔を近づけようとするのを、露伴は俯いて制止した。閉じた瞼のすぐ下に睫毛が淡い影を落としている。それがやけに儚く見えて、少しだけ酔いが醒めた心地がした。

 壁の向こうでまた他の観客達がガヤガヤと騒々しくし始めた。攻守が交代したらしい。露伴もまた先ほどの様にそちらに気を取られ、見えるわけでもないのに通路の先をしばらく見つめていた。
「遊びで物足りないなら、スポーツにしますか」
 しかし急に明るい表情を作って、露伴がこちらを向いた。
「本気になって良いけど、終わった後は握手して解散。……案外良くないですか?これ」
 言いながら自分で笑う、露伴の自虐染みた言葉に乗るべきか乗らざるべきか、一瞬怯んでしまう。
「……酔っぱらい」
 結局ついさっき言われた事をそのまま返すと、その返答に満足した様に、露伴が声を立てて笑った。

「あんたが本気になってくれるんなら、良い」
 改めてまた、今度は抱き留める様に身体を近づける。露伴はその気になったわけでもないだろうが、押し返す事なく、それを受け入れた。
「なりませんよ?」
 けれどそう、丁度耳元で言われる形になって驚く。せわしなくまた身体を離して、彼の顔を覗き見た。
「ぼく、学生の時も体育の授業は手抜いてたタイプなんで」
 しれっとそう言ってみせる露伴の表情は、冗談の調子も確かに含んでいる。けれど本当に手を抜いてきたんだろうと思える程、正直な態度も示していた。
「やっぱりあんた、罪深いじゃねぇか」
 思わず自分も笑ってしまいながら、瞼を閉じる。俯くと、まだ自分の呼気にビール臭さが残っているのが解った。何かを悲しむには少し、今の状況はふざけ過ぎている気がした。

 ヒットが出たのだろう。
 また遠くで、観客達が歓声を上げるのが聞こえてきた。



 2013/09/19 


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