傘の柄   仗露



 玄関のドアノブを捻った途端雨音が耳に届いて、ようやく雨が降っている事に気付いた。
「うわっ、雨降ってる」
 思わず口に出して振り返る。露伴はいつもの見送りと同じ様に腕を組んだ棒立ちのまま、訝しげに目を細めた。
「朝から降ってただろ」
 露伴が軒下に顔を出して空を見上げたので、露伴がそうする様に自分も身体を傾ける。二人で綺麗に横並びになるには、玄関はほんの少し狭かった。
「来る時丁度止んでたんスよねぇ」
 確かに朝露伴の家を訪ねて来るまで、道路に雨の降った形跡があるなぁと意識に上った覚えがある。それから夕方になる今の今まで家の中に居たせいか、降っている事に全く気付かなかった。

 雨足はさほど強くない。軒下から一歩踏み出す気になれずに分厚い雲が覆った空を見上げたまま、走って何分で家に着くかぼんやり計算する。明日は日曜日だし、代えの制服もあるから濡れても困りはしないだろう。母親からの小言は多少あるかもしれないが。
「それでも普通傘くらい持ってくるだろ……」
 呆れた声でそう呟いて、脇から覗いていた露伴が引っ込んだ。部屋に戻ってすぐにまた玄関に戻ってくる。何となく予測していた通り、その手には一本傘が握られていた。
「小降りだから別に良いって」
 目の前に差し出された傘が、露伴が普段使いしている物なのか、はたまた客用の準備があるのか知らないけれど、黒くて柄の太いその傘がそこそこ値が張るだろう事は見て分る。自分の祖父も似た様なのを愛用していたけれど、その記憶がだいぶおぼろげで、ほんの少し悲しくなった。
 露伴は一瞬ムッとしたけれど、すぐその傘を軒先に手だけだして広げた。やっぱり黒色が均等で綺麗な、いかにも上等な傘だ。

「……どうせ飯食ってテレビ見て、風呂入るまでその髪なんだろ」
 そう言って、露伴は目の高さに差したままの傘を掲げた。
 髪の事を露伴の方が気にするなんて思っていなかったので、自分はつい黙ってしまう。自分でも驚いた顔をしてしまったなと思って、それからようやく、傘を受け取った。
「センセー、あんがとね」
 丁度手渡しになる様に受け取ったから、露伴が触れていた金属の傘の柄に、ほんの少しだけ体温の温もりが残っていた。

「ちゃんと返せよ」
 素っ気ない口調と表情の割に、露伴もほんの少し嬉しそうに見えた。素直に感謝されるのが気恥ずかしいんだろうとこっちの都合が良い風に捉えているけれど、多分これは当たりだろう。
「明日はこれ返しにまた来るっスよ」
 自分も笑顔のまま、手元の傘を小さく掲げて見せる。
「どうせ用がなくても来る気だろ、おまえ」
 露伴の声はまた呆れた調子に戻ってしまっていたけれど、来るなと言いはしなかった。

「毎日雨なら毎日来る理由が出来るんスけどねぇ」
 まだ後ろ髪を引かれる様に家に帰る気が起きずに、言いながら首を傾げる。
「馬鹿。ちゃんと自分の傘持って来い」
 露伴がそこでようやく笑って、背中をトン、と押してくれた。



 2013/09/08 


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