お互い様   承露



「初恋のひとの絵を見ました」
「……ほう?」
 ベッドの端に座っていた承太郎が振り返る。

 露伴はフランスから帰ってきてすぐ、東京に居る承太郎の元を訪れた。
 財団の仕事場詰めで疲れているようだったが、誘いは断られることなく、会ってすぐに身体を重ねた。旅疲れのあった露伴よりも先に寝入ってしまったのだから承太郎はそれなりの無理をしたのだろう。露伴も何も言わずに裸のまま布団をかぶり、そのまま朝を迎えた。

「まさかテメーもモナリザがどう、とか言うのか」
 ふと思い出したように、露伴の右手に唇を寄せて承太郎が呟く。忌々しげな声音になったのは、何年も昔に杜王町を蹂躙した殺人鬼が浮かんだからだろう。
「違いますよ。使ってない保管庫に放置されてたような無名の絵だし……この話、聞きたいですか?」
 そのひとは女性で十代の頃出会った、と。話し出しても面白い話にはなりそうもなかった。露伴にとって今回の件は貴重な体験であったが、わざわざ言語化してまで承太郎に語りつくすほど内容は詰まっていない。
「ああ、聞きたいね」
 しかし承太郎は口の端を釣り上げるような意地の悪い笑みで、露伴の右手への接吻を増やした。うつ伏せで右手をつかまれていた露伴は意外そうな顔で上半身を起こした。
「普通、恋人の好きだった相手のことなんて聞きたくないでしょうに」

 少なくとも露伴は、なるべく承太郎の元妻のことは聞かないようにしていた。今の気持ちがこちらにあるのは十分理解していたが、昔話の中の承太郎が彼女に愛情を持っていたのも確かだから。
 彼は口元の笑みを絶やさない。
「露伴のことなら何だって聞きたいぜ。おれがおまえを本にして読むことはできねぇから、せめて口から聞きたい」
 承太郎は口に含んだ小指に歯を立てる。露伴は少し眉を顰めたが、大事な商売道具に何を、などと口に出しはしなかった。言葉もその行為も、惚れ込んでしまった露伴には悦びしか与えない。

「ぼくみたいなこと言って」
 露伴は好奇心の塊みたいな男だと常々言われているし、自覚もそれなりにあった。調べられることは徹底的に調べる癖がついているからこそ、今回も承太郎にろくすっぽ事前連絡もせずフランスに飛んだのだ。
「おまえはこの世の全てにこんな調子じゃねぇか」
 蜘蛛の内臓まで舐めたと聞いた時だって承太郎もそれなりに驚きはしたが、その後すぐに腑に落ちた。学者や研究者、それから芸術家のよく持つ突発的な行動力が、常に露伴を動かしてるのだと理解できた。自分も似たようなタイプだったから尚更。
 しかし露伴は、不服だと言わんばかりに承太郎の口から右手を引っこ抜いた。涎にまみれた小指を一瞥して、一瞬だけ目を細めた。
「そうですけど。でもぼくだって、優先順位くらいはあるんですよ。昔失恋した相手を目の当たりにして、すぐさまあんたに会いたいって思ったくらい」
 承太郎をベッドの上に誘導しながら口に出したのは、顔を見ながら言うのが気恥ずかしかったからだ。しかし承太郎が覆いかぶさるように顔を近づけてきたので、少し迷いながらも露伴は身体を仰向けた。

「飛行機の中で、ずっと承太郎さんのこと考えてました」
 瞳を見つめながら言うと、承太郎の口元がやはり笑みを湛えた。首に腕を回してその口や頬に接吻を返す。幸せそうな承太郎を見ると、もれなく露伴も幸せになれる。この関係は間違いなんかじゃないと思えた。
「随分熱烈だな」
 音を立ててキスするのが馬鹿みたいに楽しくなってきたのを、顎を掴んで静止させられる。やれやれだ、と口癖を呟やく承太郎は、言葉ほど呆れているわけでは勿論なかった。
「ホントは嫉妬されてみたいと思ってたんですけど、その気が削がれちゃいましたよ。まさか聞きたいだなんてね」
 不機嫌な承太郎はそれなりに恐ろしいが、初恋の話程度で破綻するような仲ではないと露伴は理解していた。まさか積極的に聞きたがるとは思ってもみなかったが。

「……嫉妬ならしてるぜ?」
 突然深く口づけられて、露伴は驚く。しかしそれが力任せの行為でないとすぐ気付いたので、自らも舌を絡めた。
「あなたこそ熱烈だ」
 唇を離した頃には二人とも息が荒くなっていた。熱くなりはじめた身体が、昨晩の続きを震えてせがった。
 承太郎は嫉妬なんて嘘だろと言いたくなるほど、余裕の笑みのまま露伴の耳元に唇を寄せた。
「つまり、お互い様ってことだな」
 


 2013/01/05 


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