健やかな愛   承露



 シーツにはわずかな血の染みが滲んでいる。
 どこか怪我でもしただろうかと、露伴は自分の身体を見回す。痛む場所はあっても流血の跡は見つけられず、ふと目を上げると承太郎の肩についた歯形に気付いた。

「あんたと付き合ってると、失望や落胆ばっかりだ」
 帽子の無い頭を所在なさ気に掻き撫ぜながら、承太郎がやけに気の抜けた声で呟いた。普段の覇気があろうと無かろうと、妙に響く通った声ではない。一晩中掛けられていた空調の音に掻き消されそうなほど、その声は弱々しく聞こえた。
「へぇ?」
 頬杖を自らの胡坐につきなおした露伴は、探る様にそのまま首を少し傾げた。
「それって、ぼくに対して?」
 それとも自分に対して?と付け加えた露伴の声も、枯れて裏返った。

 朝にはまだ早いが薄暗い室内に目は慣れきっている。承太郎が同じ様に首をチラリと曲げたので、星形のあざとは逆の場所についた自分の歯形が露伴にはより良く見える様になった。奥歯の痕に血が滲んだ形跡も、その目に映る。
「……両方だな」
 一頻り考えていた承太郎が、目を緩く閉じながら答えた。真似した訳ではないだろうが、また露伴と同じ様に自身の剥き出しの脚に頬杖をついて見せる。露伴はその様子を見て、目を細めながら笑った。
「それは奇遇ですね」
 やはりその露伴の声は枯れている。けれど承太郎ほど弱々しい物では、決してなかった。

「でもね、案外こういうのも悪くないんじゃないかと思うんです」
 何と言うか、退廃的でしょ、と。眉根を寄せて馬鹿らしそうに笑う露伴の顔をじっと見つめて、承太郎はニコリともせず小さく息を吐いた。
「そうか。おれはもうそろそろ、しんどい」
 そう一言、言い切るのさえも辛そうに、承太郎はもう一度目を閉じる。自分がどんな表情をしているのか、それを露伴がどんな目で見ているのか拒む様に、ほんの少し俯きながら。
「ぼくもですよ。会う度に胃が捻じれてる気がする」
 露伴はまだ笑うのを止めていなかった。茶化して言いながら、承太郎が見ていないとわかっていてもなお、自身の腹の上をまさぐって見せる。
「でも止め時って、いつだったのかわからなくて」
 それからその手を止めると同時に、ニヤニヤとした笑い顔も止めた。承太郎の声よりは余程力強い。それでも頼りなさを隠せては居なかった。
「……そもそも始める時点が間違いだったからな」
 呆れた様にそう言って顔を上げた承太郎の、忌々しげな視線が露伴を射抜く。
「ああ、それもそうか……」
 内心責められている気になりながら、今度は露伴の方が目を逸らす。納得した様で空とぼける様な、露伴の口調が少し気に障ったらしく、承太郎がほんのわずかに眉間の皺を深めた。

「でも承太郎さん。別れようって言って別れる気、ある?」
 視線を合わせないまま露伴が膝を立てて、その上に顎を添えた。承太郎も無意識に同じ様に楽な姿勢を取ろうとして、これでは物まねの様だと気付く。少しだけ持ち上げた膝を、またゆるりとシーツの上に下ろした。
「どうだろうな」
 かぶりを振って、承太郎はそっぽ向く。けれどすぐ、チラリと露伴の顔を盗み見た。
「……正直、言う側にはなりたくない」
 あはっ、と笑う、露伴の声は乾いて疲れ切っているのに、どこか快活にも聞こえた。

「やっぱりぼく達、気が合いますねぇ」



 2013/09/06 


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