触れる   仗露



 きっと触れたら、怒るんだろう。

 仗助は首から上と両手以外ほとんど露出する事がない。大抵きっちりと改造学ランを着込んでいて、それなのに充実した肉体である事を服の上からでも見て取らせる。血筋ゆえの年齢以上の肉厚さと身長、顔の凛々しさ、中でも引き締まった腰元は、注視する度に古代ギリシャの彫刻を連想させた。

「先生。ちょっと見過ぎじゃあねぇの?」
 今更見つめている事を言及されるとは思って居なかった。ただ仗助からすれば、出迎えられて早々に挨拶の返事もなくねめつけられて居るんだから当然なんだろう。視線を顔に向けると、仗助はいかにも居心地悪そうに眉を下げ、それでもはにかむ様に口角を持ち上げた。
「ぼくが何を見ててもぼくの勝手だろう」
 上げた視線を、そのまま更に上に持っていく。仗助は今日の様に学校のない休日に訪ねて来ても、わざわざ改造学ランを着込んでくる事が多い。
「それとも不良らしく、ガン付けるなとでも言うのかい?」
 そして、トレードマークのリーゼントをいつも変わらずバッチリに決めて来ていた。

「いや、そんなこと言わねぇけどよ」
 身を引く様にして、仗助はまだ困った顔のままこちらの視線から逃れたそうにして見せる。まだ敷居も跨がせてすらいないのにようやく気付いて、自分も一歩身を引く。仗助は安心したような顔をして、玄関の扉を後ろ手に閉めた。
「見られてると落ち着かねぇっしょ」
 戸を閉めたからか、仗助の口調の緊張が一気に解けた様に思える。僅かに首を傾げて柔和な笑みを作ると、丁寧に固められたリーゼントがまた違う角度で目に映った。
「そんな目立つなりして言うことかよ」
 自分も少し首を傾げる様にしながら鼻で笑って、それからまた仗助の姿を上から下まで見つめ直す。深く付き合うまで気軽い人間に見えていた。けれど今は服装の堅牢さからでも何となしに分る。仗助は本質的に他者との間に壁があった。
 激しい拒絶では決してない。むしろ相手を傷付けない為の、そして自身を傷つけない一種の防衛としての壁だ。自分も壁を作る人間に違いない、だからこそのこの印象かもしれない。攻撃性はきっとはるかに自分の方が高いんだろう。

「それ」
 リーゼントを、少し手を掲げて指差す。
「触ったら、怒るか?」
 甲冑の様に身に纏った服装以上に、常に崩そうとしないその髪型は壁の存在をいつも感じさせた。崩せと言いたいわけではない。ただ、言葉で触れるだけでも過剰に反応するのに、実際触れた時その壁がどうなるのか。今口に出して訊ねてみながらようやく気付く。自分は、確かに不安を感じていた。

 仗助は一度、驚いた様に大きな瞳を更に見開いた。
「……あんたが触りたいって言うんなら、触っても良いんスよ」
 けれどすぐ、また目を細めて柔らかい微笑を見せた。その顔がどこか、いつもよりも嬉しげに見えた。
 触りたい、と言うと、良いっスよ、と仗助が答える。ほんの少し恐る恐る手を伸ばすと、触れ易い様にと、仗助が少し前屈みになった。
「先生もさ、触って良い?」
 リーゼントなんて初めて触ったから、ワックスと髪質の質感と全体からの反動が綯い交ぜで、どんな感触なのかいまいち良くわからない。指先に意識を集中させようとして返事をしそこなっている内に、仗助の手が露出している横腹に添えられ、むしろそちらに意識が行ってしまう。
「もう触ってるじゃないか」
 動揺を隠す為に平然とした口調を作ったが、やはり自分の手元の感覚がはっきりしない。固められながらも柔らかい、しかし硬い。腹をなぞる、仗助の手の熱さの方が感じ取り易い気すらした。
「いつも何か迷ってたんだよなぁ」
 仗助は楽しげな表情のままで居る。見つめられて、顔の近さを今更実感した。
「こんなに曝け出してるけど、……触れたらきっと、怒るんだろうなぁって」
 言いながら、仗助は滑る様にまた脇腹を撫でる。今度は自分が驚いて、ほんの少し目を見開いてしまう。似た様な事を考えていたと言いかけて、何となく気恥ずかしい気がして止めた。
「……ちゃんと触る前に言えば、怒らないよ」

 誤魔す様に目を閉じても、また仗助が嬉しそうに笑ったのが振動で伝わってきた。



 2013/09/04 


SStop








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -