一夜分の勝敗   承露



「先生。ゲームは好きか?」
 承太郎さんの指差した先には豪華なホテルの内装に似つかわしくない、家庭用のゲーム機があった。
「ゲームですか」
 それを遠巻きに見つめていたのに気付かれたらしい。もう一度ゲーム機とその傍に何本か置いてあるソフトに目をやる。格闘ゲームからRPGまで、有名なタイトルばかりだ。
「まあ好きな方ですけど」
 その内の一本を、近づいて手に取ってみる。予想した通り知っている香水の匂いが微かに漂って、思わず顔を顰めた。これは間違いなく、彼の叔父である東方仗助が置いて行ったモノなんだろう。
「でも、承太郎さんとゲームなんて嫌ですよ。パスします」
 ソフトをわざと乱暴に床に放って、そのままテレビの電源を入れようとしていた承太郎さんに向き直る。承太郎さんは一瞬押し黙って、その後すぐに手を引っ込めた。

「どうして」
 好きならやっても構わないだろう、と、言いた気に承太郎さんは首を傾げた。その顔がいかにも仗助や、あるいはジョセフ・ジョースターの血を感じさせる、作った表情に見えた。イカサマが得意な連中に総じて通底している顔だ。
「だってゲームだけで済ます気、ないんでしょ?」
 最初に指差した時、承太郎さんはいかにも何か含んだ、小さい笑みを口の端に浮かべていた。我ながら目敏いが、何も気付かず罠にかかるのは癪に障る。特にこの男はほとんど真顔で何か仕掛けてくる事があるから、常に目を光らせておくに越した事はない。案の定、少し失敗したかな、という風に承太郎さんが肩をすくめて見せた。
「……何か賭けても、あんたが勝てば良いだけだろう」
 ゲームだけで済ます云々は正直なところただの揺さぶりだったが、承太郎さんは実際そのつもりだったらしい。賭け事も嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。
「負ける気がするとかじゃあないんですけど」
 そこで一度言葉を切って真正面から目を見つめる。承太郎さんは真っ直ぐ見つめ返してきた。その真っ直ぐさがむしろ、この場合胡散臭いのだ。
「承太郎さん……勝たせてくれる気もしないっていうか」
 けれど、言葉にしてみると自分の方が何かを含んでいるところがありそうだ。
「案外弱気だな」
 言いながら少し笑ってみせる、その承太郎さんの表情すら一種の挑発に見えた。
「上手くコントロールされるのがちょっと気に食わないだけです」
 あえて自分も笑顔を返して、またテレビの電源を入れようかとしている承太郎さんを無視し、勝手にソファーに近づき腰を下ろす。承太郎さんはまた一度黙ったが、結局電源に触れる事なく隣に座った。

「一応訊きますけど、何賭けるつもりでした?」
 その様子が案外素直だったので、変に意固地になったのを少し恥じつつ、承太郎さんの肩にそっと体重を掛ける。承太郎さんも少し思案する様な顔を作って、帽子のつばに指を添えた。
「そうだな。一晩相手を自由に出来る、とかか」
 冗談の様な内容をポーカーフェイスのままで言われて、思わず笑ってしまう。冗談かもしれないし、本気かもしれない。もしくは両方ですらありそうで、正直この男はいつも反則だと身に染みて感じてしまう。
「古典的ですねぇ」
 一頻り笑ってから、結局彼のペースに呑まれていると気付く。気付けるだけマシだが、やはりコントロールされっぱなしなのは何となく気に食わない。

「……それなら一晩ぼくの事好きにしていいですよ」
 体重を、更に承太郎さんの上に掛ける。ソファーはキシッと小さく鳴いたのに、承太郎さん自体が傾く様な事はない。それがまた、どこか嫌味にすら思えた。首を逸らして顔を見上げると、帽子でわざわざ影を落とした瞳からも、感情の揺らぎすら間近で読み取れた。
「ゲームで賭けて手に入る程安いつもりはないけど。まぁ、承太郎さんならタダで結構です」
 だから賭けはなしで、と付け加えてから、彼らのよくする例の嘘吐きな笑顔を意識して作って見せる。
 面食らった様な表情まで格好良いなんて、やっぱり反則だと思うけれど。

「……駆け引きなら、あんたの勝ちだな」
 そしてすぐに、承太郎さんは微笑を口の端に閃かせた。
「どうでしょう?」
 自分も首を傾げて、笑顔のままでそう返す。
 一晩相手を好きに出来るというだけなら、今夜だけじゃなく、ぼくは毎晩負けてる様なものだ。



 2013/08/29 


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