かけ方   仗露



 ご機嫌伺いと言われると少し不本意だが、なるべく彼の気を立てない様普段から注意している方だと自覚はある。
「仗助。おまえの嫌いなところを一つ教えてやる」
「は?」
 それでも露伴にして見ると、気にかかる事が日常的に溢れているらしい。今日の様に、唐突に顔を顰めて説教を始める事が多々あった。

 嫌いなところ、なんて切り出し方が妙に怖くて、つい動きをピタリと止めてしまった。露伴はそれを見ているのに、茶碗を持って炊きたての白米を口に運ぶ。もぐもぐと口を動かしている間は喋ろうとしない。咀嚼しながらじっとこちらをねめつけられて、動き出すタイミングが見つからなかった。

「おまえ、醤油のかけ方が雑過ぎるんだよ」
 ようやく飯を飲み込んで、露伴がおれの手元を指差した。皿に傾けかけて止まっていた醤油差しを、つい垂直になるよう持ち直す。
「……えっとぉ」
 それだけかよ、と言いかけて、露伴がこういう事を言い出すならそれだけでも相当に苛立っているんだろうと勝手に推論づける。普段ならこうして改めて言及する事もなく、もっとついでの様に罵声に混ぜて文句を言ってくるはずだ。
「馬鹿みたいにドバドバかけてるのを見るとな、本気で虫唾が走る」
 かと言って、我慢の限界という風でもない。箸でこちらを指す、露伴のその動作は確かに忌々しげだが、気が立って我を忘れている様には見えなかった。
「……すんません?」
 首を傾げながら醤油差しをテーブルの上にそろりと下ろす。下ろしてから、別にかけ方の問題であって何もかけるなと言われたわけじゃないんだからかければ良かったんだろうなと思い至って、思わずそのまま醤油差しを握りしめてしまう。
「しかもマヨネーズまでかけるだなんて正気か?馬鹿舌なのか?」
 チラリと横たわっているマヨネーズに目が行ったのがばれたらしい。流石にムッとして、自分も露伴に顔を顰めて見せる。
「目玉焼きひとつでそんな怒るなよ」
「怒ってない。ムカついてるだけだ」
 露伴はそう言ってまた飯を口に運んだが、表情はなんとも形容し難い、いかにも厳しい表情をしていた。
「いや怒ってんじゃん」
 自分も唇を尖らせるが、物を食べながらだと露伴はやはり喋ろうとしない。根本的には育ちが良いんだろうなと、ぼんやり頭の片隅で思う。
「じゃあ露伴、手本見せてよ」
 それから、このまま固まっていると折角の飯が冷めてしまいそうだとはたと気づいた。
「はぁ?」
 露伴はおれの言葉に驚いた様な顔を一瞬したが、すぐにまた訝しげな表情に戻った。
「馬鹿舌なんもんで。どんぐらいが丁度良いのかよく解んねぇっスもん」
 言いながらニッと笑って見せると、露伴の方が今度はムッとする。
「……貸せよ」
 けれど不服そうな顔のまま手を差し出したので、持ちっぱなしだった醤油差しを受け渡す。容器が自分の手の体温で温まっている気がして、何となしに恥ずかしかった。

「神経質になれとは言わん。ただ少し丁寧にすりゃ良いだけだ」
 少し身を乗り出して、露伴が醤油差しを傾ける。それがやけに慎重に見えてこちらまで妙に緊張してしまう。間近過ぎるのがいけない気もするが、要求した手前目を逸らすのも躊躇われた。
「そーいうのの加減、苦手なんスよねぇ」
 露伴の手が自然な動作でスッと動いて、目玉焼きに醤油をかける。たった一秒にも満たないだろうその行為を改めて見せつけられて、何故だか知らないけれど妙に感服した。物作りをする人間の手はやはり繊細に動くものなのだろうと、勝手に納得してしまう。

「……塩分過多で早死にするぞ」
 妙な事を考えている内に、露伴は乗り出していた身を引き、テーブルの上に醤油差しを置いた。厭味ったらしい言い方に聞こえたけれど、露伴の表情がやはり形容し難い、厳しい様な寂しい様な顔になっていた。
「あのさぁ」
 それでようやく気付いてしまって、ごめんと謝る代わりになる様な言葉をぐるぐる探す。
「何だ」
 露伴はまだ、心配だと言う代わりの、難しい表情のままでいた。

「……なら、露伴がいつもかけてくれたら良いのになぁ〜、とか。……言ったら怒る?」
 これなら怒らない、という決定的な言葉を見つける事が自分にはいつもできない。
「……」
 けれど露伴が表情を少しでも和らげてくれたから、きっと正解に近いはずだ。

「怒んないでよ」
 露伴は黙ってまた食事を再開しようとしていたけれど、一応とでも言いた気に、一瞬手を止めてくれた。
「……怒ってない」
 そう?と、気を取り直してマヨネーズにチラリと視線を向けると、案の定机の下で脚を蹴られた。
「やっぱ怒ってる!」

 その日目玉焼きにかけられた醤油の加減は、確かに丁度良かった。



 2013/08/26 


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