命乞い   承露



 直前までは、他愛のない話をしていたはずだった。
 言葉が途切れてしばらくの間があった後、露伴がふと思いついた様に妙な事を口走った。
「命乞いってした事あります?」
「……何だって?」
 承太郎はその唐突さに、点けたばかりの煙草を思わず灰皿に押し付ける。
「ああ、された方でも良いですよ」
 露伴の方は特にふざけた風もなく、言いながら皺の寄ったシーツを手のひらで撫でた。

「想像はできますよ?でも何だか、自分でやると陳腐で」
 助けてくれ、と、露伴がわざとらしく眉根を寄せて苦しげに付け加えて見せる。
「取引したりブラフをかましたりとかって、難しいですよ」
 その様子が確かに陳腐で、承太郎も思わずニヤッと笑ってしまった。
「命が危ないって時に咄嗟に出る言葉って、……もっと端的な気がするんですよねぇ」
 対して、露伴は気難しい表情を作って自分の顔を撫で上げた。あくまで真面目な話のつもりらしい。
 仗助との最初の敵対を筆頭に命の危険は多くあったはずだろうに、と承太郎は言いかけた。しかしそれらをカウントする気がないらしい露伴の憮然とした表情を見て、掘り返すのも面倒だと口を噤んでいた。

「あなたならした事はなくてもされた事ぐらいありそうで」
 露伴が首を傾げて、承太郎の顔を覗き込む。新しく火を点けた煙草を唇から離しながら、承太郎も胡坐を組み直してそちらに向き直った。
「確かに、あるな」
 ふと口の端に微笑をひらめかす。
「ホントに?」
 ほんの少し目を細めたその表情が酷く扇情的で、露伴の声は別の意味でも弾んだ。
「ああ」
 承太郎が腕を伸ばす。今度は消さないまま、煙草を灰皿の上に優しく置いた。
「何なら実体験させてやっても良いが」
 逞しくも滑らかな腕の白さに目を奪われていた露伴は、一瞬反応が遅れた。
「え?」

 承太郎の手が自然な動作で自分の首に絡みつくのを、露伴はただ見守ることしか出来なかった。
「ほら、やってみな。命乞い」
 先ほどまで煙草を摘まんでいたからか、まるで紫煙がまとわりつく様にフワリと煙草の匂いを燻らせた。その手に力はほとんど込められていない。それでもゆっくりと背中をベッドの上に押し付けられ、承太郎の指一本一本の感触が露伴にはしっかりと感じとれた。
 何よりも覗き込んでくる承太郎の瞳が逆光でもあんまり明るく見えて。

「……ふふっ」
 露伴は背筋が冷え、骨まで震える様な感覚に思わず身震いした。
「失敗ですよ、それ」
 一人殺すのも百人殺すのも同じ殺人だと、承太郎当人が言っていた事が何となしに露伴の脳裏を横切る。
「承太郎さんの手にかかって死ぬの、中々悪くないと思ってるんで」
 自分の笑みが自然に深まるのがまた、露伴には愉快だった。承太郎の瞳が一瞬見開かれるのを見て、満足した様に細めていた眼を完全に閉じた。

「相変わらず変態野郎だな」
 ゆっくり手を離すと皮膚が名残りを惜しむ様に、ほんの少し汗ばんだ承太郎の指先に感覚を残す。
「あんたが言いますか」
 まだ目を瞑ったまま一度笑って、露伴もその身を起こした。

「……ああそうだ、さっきは珊瑚の話をしてたんだっけ」
 そしてまた目を開ける。それから何事もなかったかの様に、他愛のない会話の続きに二人とも戻っていった。



 2013/08/18 


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