仕事部屋   仗露



「仗助、一つ仕事をしないか」
 提案の様に切り出しながら、露伴が有無を言わせぬ態度で箒をこちらに押し付けた。
「仕事部屋の掃除を代わりにしてくれ」
 その箒を受け取ってしまいながら、露伴が指差す二階に思わず目を向けてしまう。
「仕事部屋っスか」
 普段入り浸っているんだから、掃除するくらい自分も異存はない。
「仕事部屋以外は良いから、あの部屋だけやってこい」
 けれど指示された場所が意外で、箒を持って突っ立ったまま、どうにも動き出せなかった。

「いつもは入るなっつってくるじゃん」
 最初の内は自分も構われたくて、漫画を描くのに集中したいから仕事部屋には極力来るな、と言われていたのに、度々ちょっかいを掛けに行っていた。けれどその度が過ぎたらしく、一度こっぴどく叱られた。もう滅多な事では仕事部屋には入るまいと自戒し、訪ねて来て露伴が仕事中であってもなるべく一階で過ごすよう心掛けていた。
「……仕事中は邪魔なんだから仕方ないだろ」
 一瞬露伴は言葉に詰まったが、すぐにそう言ってから腕を組んだ。けれど自分でも少し極まりが悪いらしく、少し間を置いてからそっぽを向いた。

「なるべくあの部屋は仕事の時だけ使いたいんだ」
 露伴がそのままチラリと天井に視線を向けたので、自分ももう一度上を仰ぎ見る。最近入っていないから、階段を上がった所で見えるドアのイメージだけが何となしに脳裏に浮かんだ。
「あー。オンとオフの切り替えっスか?」
 首を戻すと、露伴は腕を組んだままおれの顔をじっと見ていて、俄かに驚く。
「まあ、そんな感じだな」
 今日はまだ何も仕出かしていないのに、露伴に真っ直ぐ見られていると心拍数が上がる気がする。怒らせる心配半分、惚れた弱みの何かが半分くらいだろうか。
「打ち合わせとかも、いつも喫茶店でやってるっスよね」
 学校の帰りだったか、担当編集者と露伴が連れ立っている所に何度か出くわした事がある。酷く険のある対応をされるので、そういう時は声を掛けない様にしていた。

「……嫌なら今まで通り、康一くんに頼んでも良いんだが」
 露伴の扱い方が段々上手くなってるかも、と内心勝手に思っていた所に、自分以上の扱い上手の友人の名前を出されて思わず手元の箒を取り落としかけた。
「いや、やるやる。仗助クンに任して!」
「よし、じゃあ今すぐ始めろ」
 決して断るつもりは毛頭なかったけれど、言ってからハッとする。
「手、抜くなよ」
 いかにも思い通りになったと言いた気に、露伴がニヤッと笑った。

「つーか康一に頼んでたのかよ……」
 渋々階段を上りつつ、康一は仕事部屋に通される事も良くあるんだろうかと想像してしまう。
「おい、仗助」
 耳聡く聞こえたらしい露伴が、一階から声を掛けてきた。

「……今日からは、おまえに頼むって言ってるんだ」
 また露伴は腕を組んで、おれの目を真っ直ぐに見つめてきていた。

「早く済ませろよ」
 それからすぐ、背を向けてリビングに戻って行くのを黙って見送る。もう流石に届かないと解っていたけれど、言いたくて、了解、と一言呟いた。


 ノックせずに久しぶりに入った仕事部屋の中は、妙に懐かしい。インクの匂いと紙の匂いがこの家の中で一番濃い部屋だった。
 机の上には描き上げた原稿が入っているらしい封筒が置かれている。触ろうと手を伸ばしてみて、やはり止めておいた。
 おれが露伴の漫画を読む様になれば少しは違うのかもしれないと、思わないでもない。けれど露伴が読めと言った事は今まで一切なかった。

 描いた物に触れる代わりに、露伴が普段使っているらしいペンをそっと握ってみる。

 インクが詰まっているわけでもないのに、それは何故だか酷く、おれの手には重く感じた。




 2013/08/14 


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