御生憎様   承露



 アメリカに帰る日取りを決めて数日、ようやく重い腰を上げて露伴に電話を掛け、別れを切り出した。恋愛やら結婚やらが滅法向いていない自分にしては上手くいっていた方だと思う。だからこそ唐突な別れ話をして罵倒される覚悟は出来ていたが、「解りました」の一言だけで電話を切られるとは想像していなかった。
 そこから何度電話を掛け直しても露伴が出ない。付き合う内に軽い喧嘩をした事はあったが、どちらかがその日の内に折れる至って健全なじゃれ合いだった。しばらくホテルの室内をうろついた後、結局落ち着かずに部屋を出て夜道を急いだ。

 チャイムを鳴らしても出ない事は今まででもあった。灯りは点いていない。けれど先ほど電話で話したばかりでこの時間家に居ないとも考えにくい。居留守の可能性に賭けて合鍵でドアを開けても物音一つ聞こえない。まるで彼と彼の家全てから拒絶を受けている様で、妙な焦燥感に駆られた。

 薄暗い寝室のベッドの上でようやく見つけた露伴の肌が酷く真っ白に見えて、思わず息を飲んだ。けれど灯りをつけてみれば何のことはない、露伴の着ている服がたまたま純白で無地の物だったというだけだ。
「……露伴」
 ほとんどうつ伏せで背を向けた露伴が一切身動ぎしないのが、やけに恐ろしく目に映っていた。

「……承太郎さん?」
 けれどピクリ、と一瞬肩が揺れ、遅れて露伴がこちらを向きながら上半身を起こした。
「何で居るんだよ、承太郎さん」
 ヘアバンドをしていない髪を掻き上げて、露伴が欠伸混じりにこちらを睨め付ける。
「……お前が、電話に出ないから」
 心配して、と言ってから、明らかにただ寝ていただけの人間に何を考えていたのかと僅かに自己嫌悪する。それを見て取ったらしく、露伴は目を細めて緩く首を傾けた。
「自殺でもしてて欲しかったんですか?」
 手首を切る真似をして見せながらせせら笑う。
 それに言い返そうとして、自分はどこか本気でそれを望んでいたんだろうと思い至り、内心愕然とした。露伴はどこまでも見透かした様に、おれを見て笑っていた。
「随分自惚れてるんだなぁ」
 まぁその顔と身体ならしょうがないか、と付け加えて、露伴が小さく伸びをする。酷い言われ様だったが、結局何の反論も見つからなかった。

「ちゃんと了承したでしょ。話は済んだと思うんだけど」
 自分が黙ったままで居ると、見かねたらしく露伴が視線を逸らしながらそう呟いた。
「……あれで済んだと思うのか」
 その言葉がやけにぶっきら棒で少し苛立つ。もう敬語を取り繕う必要もないと判断されたのかもしれない。
「面白いなぁ。電話で済ませようとしたあんたがそれを言うんだ?」
 いや、もしくは軽蔑を抱いた故だろうか。露伴はまた、皮肉げに笑って見せた。

「だから、話し合いをしようと」
 グッ、と、いつの間にか握りしめていた拳に気付いて力を抜く様に努めた。言いながら俯いてしまうのが妙に情けなくて嫌になってくる。
「良いってそう言うの」
 いかにも面倒臭そうに言って、露伴は手をヒラヒラとさせて拒絶の意を示して見せる。
「どの道別れるって解っててこっちも付き合ったんだから」
 その手でまた髪を掻き上げて、気だるげにため息を吐いた。

「露伴。……本当に、良いのか」
 未練がましいと自分でも思う。どんどんと露伴の視線が冷え切って行くのに気付きながらも口に出してしまう自分がやはり、情けなかった。
「御生憎様だけど」
 呆れた風に笑う、露伴の瞳には憐憫の色さえ浮かんで見えた。
「ぼくはあんた程女々しくないよ」
 こんなに打ちのめされても、捨てたのはおれの方に違いないんだろうか。

「……悪かった」
 振り返ってドアに向かいながらも自分の足取りが酷く重くて戸惑う。
「その調子だとあんた、その内捨てられる側になっちまうぜ」

 躓きそうになったのを見て、露伴が背後でまたせせら笑うのが聞こえた。



 2013/08/12 


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