怖い物   仗露



「仗助。茶、淹れるからそれ持ってってろ」
 言いながら、露伴はダイニングテーブルの上のポリ袋を指差した。中身を覗くと饅頭だの煎餅だの、無造作に数種ずつ詰め込まれていた。見ると杜王町にある老舗の和菓子店の銘が入っている。

「こういう時ってコーラにポップコーンとかじゃないスかねぇ」
 別に和菓子が嫌いなわけではない。ただ、自分は夏だし二人でホラー映画鑑賞をしよう、と誘ったはずだった。思わず呟くと露伴がジロリとこちらを向いた。
「嫌なら自分で買ってこい」
 湯呑みを一つ戸棚に仕舞われかけたので慌てて自分が取り出す。露伴はフン、と鼻を鳴らしたが、均等な濃さになるよう緑茶を分けて注いでくれた。
「先生が和菓子とか珍しいっしょ」
 もう一度和菓子の袋の中身を探る。普段茶菓子を出される事自体少ないが、大抵は紅茶に合う洋菓子ばかりだった。
「……杉本鈴美の墓に供えてきたんだよ」
 露伴は一瞬言うかためらって、結局そう目を逸らしながら呟いた。随分前に彼女が成仏して以来、あの小道には辿り着けなくなったらしい。時折一人きりで墓参りに行っているのは知っていたが、お供えにわざわざ和菓子を用意しているとは知らなかった。
「これからホラー映画観るのに、墓場行ったんスか?」
 その事を他人から言及されるのを、露伴は嫌がっているらしい。おれから見てもデリケートな話題なのは解るので、わざと別の事で茶化して見せる。
「何だ?観た後行けってのか?」
 改めてこちらを向いた露伴がいつも通りの顰め面でそう言うのに、ほんの少し安心した。

「どれ観ます?」
 露伴からもう観た事がある映画は観ないぞ、と釘を刺されていたので、二泊三日の新作ばかり借りてきた。テーブルの上に広げて見せると、露伴もソファーから前屈みになってしげしげと吟味する。
「ゾンビってホラー映画なのか?」
 その中から一本露伴が選んだ。今はレンタル店の透明なケースに入っているが、ビデオのパッケージは相当グロテスクだったはずだ。
「ホラーじゃなきゃ何だよ」
 それを受け取って勝手にセットしながら唇を尖らせると、露伴はわずかに首を傾げた。
「ゾンビは……ゾンビ映画だろ」
 その物言いが妙に面白くて少し笑うと黙ったまま背中を蹴られた。パニック映画とかじゃないっスかねぇ、と呟くと、加えて二度蹴られた。

 
「ひっ」
 思わぬ場面でゾンビが主人公たちを襲う度に、画面越しなのに自分までつい小さくビクリと反応してしまう。よくよく考えると自分は積極的にホラー映画なんて観る性質じゃない。ちょっと夏の恋人らしい事をしてみたくて、断られなかったのがこれだけだっただけだ。
 その恋人と言えば、平然とした顔で煎餅をボリボリ咀嚼している。それどころか時折こちらをチラリと見てはニヤニヤ笑っていて心底可愛くない。
「何スか……」
 クッションを抱えたまま唇を尖らせて見せると、露伴がわざとリモコンで音量を上げた。
「女みたいな声出すじゃあないか」
 おまえの悲鳴で聞こえづらいなぁ、とわざわざ付け加えるのがやはり可愛くない。何を言っても馬鹿にされそうで、諦めてテレビ画面に視線を戻す。それが丁度別のゾンビが登場するシーンで、声にならない悲鳴がまた思わず漏れた。
「……今のはビビるっしょ!」
 辛抱堪らない、という風に噴き出したのが歯がゆいけれど、心臓が鐘を打ってこちらはそれどころじゃない。
「ゾンビ映画の王道だろ、あんなの」
 露伴はホラー映画の鑑賞中とは思えないほど、楽しげだった。

「まあ怖がらせるために作ってあるんだから、小説より奇かもね」
 一応フォローのつもりなのかそう言って、すっかり冷めている湯呑みに露伴が手を伸ばした。自分もそれを見て、画面にゾンビが現れないかビクビクしながら机の上に広がった和菓子を漁る。
「先生って怖いモンなさそうっスね……」
 小ぶりな饅頭の包みを開けながら嫌味で言う。そう言えば本物の幽霊にさえ会っているんだから、胆が据わらない方が可笑しいのかもしれない。
「……いや?あるよ」
 けれど露伴のその素直な言葉が意外で、思わず手を止めて隣の露伴の方を向いてしまう。露伴もおれの方を見ていた。
「まんじゅう」
 言ってから、露伴は口をあんぐり開けておれの手元の饅頭を指差した。



 2013/08/10 


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