下手な演技   承露



 覆いかぶさった承太郎の瞳は濁りひとつなく、美しかった。首にかけられた左手に段々と力が籠められ、露伴は眉を寄せる。

「ぼくのこと、殺したいですか?」
 事後の台詞にしては随分ふざけているが、不倫で同性愛、ついでに真昼間から盛ってしまった二人には、もしかするとお似合いの退廃的な台詞なのかもしれない。
「殺したいと言うよりは、生かしておきたくない」
 承太郎は笑いながら、手の力を少し緩めた。人目がほとんどないからと選んだ町はずれのこのホテルも、古ぼけて安っぽくて、けれど居心地が良い。ついこんな、馬鹿な映画みたいなことを言いたくなってしまうのだ。
「生きて別れりゃ、おまえは別の誰かのモノになっちまうかもしれねぇからな」
「うわっサイテー」
 露伴はケラケラと笑い出す。シーツも決して汚いわけではないが、まっさらな白さではない。顔を埋めても、洗剤よりもアイロンをかけた糊の臭いが鼻についた。
「今まさに他人のモノなあなたが言っていい台詞ですかね、それ」
 最中に指輪を外すなと言ったのは露伴の方だ。今もそのプラチナでできた他人の所有物である証しは承太郎の指で輝き、露伴の首元に冷たい質感を押し付けている。

「おれが欲しいか?」
「ぼくのモノにってことですか?最初から期待してないですよ、そんなの。望み薄にも程がある」
 承太郎が手を離したので、露伴はようやく深く息を吸い込めた。二人で身を起こすとベッドがギシギシ嫌な音を立てる。
「『奥さんと別れろ』とでも言って縋ってくれりゃ、情を引けるかもしれねえぜ」
「嫌ですよ、そんな昼ドラの女みたいな台詞」
 本気で嫌そうな顔をする露伴を、承太郎は楽しそうに見やる。露伴がみっともなく自分を欲する、想像するだけでも承太郎にはクるものがあるらしい。表情に少し情欲をにじませた。
 またシーツの上に転がされた露伴は、抵抗こそしないが嫌そうな顔は継続している。
「承太郎さんこそ、ぼくが他人と寝てるところに出くわして、嫉妬してくれりゃ良い」
 承太郎が少し虚を突かれたような顔をした。けれどすぐにその表情は霧散した。
「間男の方を殺しちまうかもしれねぇな」
 少し考えるそぶりを見せたのが可笑しかった。
「間男ねぇ。奥さんからすれば、ぼくがあなたと密会する間男だっていうのに」

 笑いは絶えない。可笑しくてたまらないという体で、また無生産な行為に耽る。
 その実、つまらない芝居だと二人して感じている。お互い、楽しく遊んでいる演技をしているだけだ。『本気になったら困る』と、この関係に至る以前二人で決めた可笑しい取り決め。楽しむためだけの不倫で、それ以上でも以下でもないと。

「その時、あなたじゃなく間男との関係の方が本命だってぼくが言ったらどうします?」
 その取り決めが自分の首を絞めていると、それぞれが薄々気づいていた。本気になってもならなくても、不倫の事実だけで苦しむのは最初から分かっていたはずだけれど。
 露伴は妙にそれがじれったくて、最近はわざと挑発するような言動をするようになっていた。そのせいで別れるか拗れるか、もしくは殺されるか、何か一つでも変化が起きないだろうか、と。
「……マジでおまえも殺すかもな。悪いがおれは嫉妬深いぜ」
 承太郎の真面目な目つきに、露伴の背筋はゾクゾクと冷えた。そうされてしまいたいという感情はあるけれど、やはり死ぬのはどこかで怖い。
 けれど承太郎が、実際に殺したりしないだろという見当も露伴にはついていた。承太郎が理知的で合理的なのはわかっている。大事にしようとはしないだろう。というか、そうでなくては困る。死ぬ寸前まで暴行して、仗助に治させるぐらいはするかもしれないが。

「いいなぁ、死んでからならぼくも心変わりしようがないし。あなたがぼくのモノにならない代わりに、ぼくがあなたのモノになるなら良いかもしれない」
 冗談を言う時の軽やかな口調だが、露伴は上手く笑うことができなかった。死ぬことへの恐怖もあれば憧れもある。そうさせている承太郎の方も、面白可笑しくそれを茶化す演技が最近下手になっていた。
「ああでも」
 少し間をおいて呟かれた露伴の声は妙に室内で響いた。
「何だ?」
 承太郎が顔を近づけると、露伴は薄らとだが笑みを作った。

「連載を終わらせるまでは死んでも死にきれないなぁ。死んでも、きっと成仏せずに鈴美みたいに幽霊化しちまう」
 承太郎も少し笑う。杉本鈴美は天国で話のネタにされたことを怒っているかもしれない。
「いいじゃねぇか。あの小道に居つくなら、杜王に来る度に会いに行ってやるぜ」
 サイテーだとまた言われるかな、と承太郎は考えていたが、露伴の方は天国に思いを馳せていたせいでまともに聞いていなかった。 
「それよりも承太郎さんに憑いて差し上げますよ。ノイローゼになって家族がバラバラになるまで付き纏ってやる」
 あなたがぼくを殺してくれた時に限りますけど、と付け加えて、二人で一頻り笑った。もう、演技するのにお互い疲れ切っている。参っているのだ。けれど途中退場はできそうもない。

「……それが最上の口説き文句に聞こえるんだから、おれも大概だな」
 露伴はその言葉を意外に思ったが、承太郎も自分と同じくらい参っているのを実感できた。参っているのを見て安心するだなんて、本当にお互い、終わってる。

 幽霊にならなくても、お互い行き着く先は地獄だろうな。杉本鈴美と顔を合わせて叱られずに済むのが、せめてもの救いだ。



 2013/01/03 


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