ガタン、と大きく電車が揺れた。少女の体は大きく傾き、隣に並ぶ肩にぶつかった。

「大丈夫か?」
「……あ、ごめんなさい」

姿勢を正して、目にかかっていた前髪を払った。彼女の知らない風景が窓の外を流れていく。緑、青。視界に入る色はあざやかで、夏の陽差しに目を細めた。少し眠っていたようだ。左隣にはいつの間にか面識のない人物が座っている。他にも人はいるのかもしれないが、少なくともその車両の中には、二人以外、誰もいなかった。
非現実な世界だ。
(隣に座ってるのは)
きっと、同い年くらいの少年だろう。ただ彼女はもう高校生だったので、隣の男も青年という呼び名の方が正しいのかもしれなかった。
(知り合い?)
見たところ学生だろう。少女の見える範囲で確認できるもの。黒いスラックスに、履き古されたスニーカー。白いワイシャツは裾が少しよれている。脚の長さのなんと違うことだろう。……それに、大きな手。一目見て、温かそうな手だと感じた。

「……なあ、手、繋いでもいいか?」
「はっ?」

凝視していたのがバレたのかと心臓が大きく音を立てると共に、何を言っているんだこいつは!という心の叫びが口から出そうになる。
思わず顔をあげたところで、
(……あ)
目を奪ったのは、金色の瞳だった。

「え、」

言葉を失っている間に、そっと、けれど力強く何かを確かめるように彼の指が少女の指に絡まる。握り慣れているような動作で、迷いなく。その手は思っていた通りに温かく、そして思っていたよりも彼女の手に馴染んだ。一度開いて、またぎゅっと握り直された手に彼が口を開いた瞬間、バタバタと音を立て強い風が吹く。その一瞬に何か短い言葉を口走って、口元が微笑む。スローモーションのように周りの景色が流れていく。それなのに、

「……エ、レン?」

(どうして泣きそうな顔をしているの)



はっと目が覚めた。見慣れたフローリングの床とタオルケット。窓際に夏の日差しが落ちている。いつもの夏の午後。それなのに、なんでか
(……胸に穴が空いたみたいだ。)
ずりずりと窓際まで這って、熱いような温いような床に頬をつける。夢を見ていた。夢の中にはあの人が出てきて、

「……あの人って誰だっけ」

夢のあの人の名前は何と言ったっけ?
顔は? 声は? ぼんやりとした輪郭しか思い出せないけれど、それでも。
(……それでも、あの瞳と手のひらだけは覚えてる)
夢で繋いだ左手を見たら涙が滲んだ。


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