背骨にさわりたい、と思った。
例えば読書をしている時。
授業中はうつらうつらしていることも多くて、あまり真面目に授業を受けている様には見えない黒子くんの背筋は、本を読む時は何か針金でも通っているのではないだろうかと思うほどにぴんと伸びる。首だけを少し前にかたむけたその姿勢に、すっと伸びた背筋になぜか心が惹かれてしまって、そういう日は一日中、黒子くんの事が(正確に言うと彼の背骨が)思考の大部分を占めてしまったりする。
例えば、体育の授業から帰る時。
その後ろ姿に、目が吸い寄せられてしまう。汗で背中に張り付いたTシャツを、じっと凝視する。Tシャツを脱いだら現れるその背中を、その中心を支えるでこぼこした骨に、ゆっくりとひとつひとつ、指を這わせる想像をする。
無意識のうちに右手の中指がぴくりと動いて、体が跳ねた。
手に滲んだ汗を、誰にも気づかれないようにTシャツでぬぐう。
檻に閉じ込めている獣を宥めるように、私はそっと息を詰めて、両手を痛いほど強く握りしめる。
本当は気づいてた。さすがにそこまで自分の気持ちに鈍感じゃあないのだ。私が、彼を求めていること。背骨だけじゃなくて、彼まるごとを。私の意識の水面下、もっともっと奥ふかくの私にだって覗き込めない、きっと本能と言われる所で。
背中をつうっと汗が流れ落ちていく。
体がひどく熱かった。熱に浮かされたみたいに。
例えば、
「君のことが好きです」
姿勢を正して私の目の前に立つ彼を見上げる。黒子くんも、私をじっと見つめている。
そうして彼の言葉を何度か頭の中で反芻して、例えば―――例えば? 違う、全然例えばなんかじゃない。だって彼にこんな言葉を言われたことなんて、今まで無かったのだから。そんな素振りだって、ただの一度も。
「僕とお付き合いしてくれませんか」
頭の中で警報が鳴っている。私にではなく、彼への警告の音が。
ダムが決壊するように今までずっと、ずっと厳重に、決して外に出さないよう抑えていたものが、溢れ出してきそうになる。歓喜からか吊り上がりそうになる口元を、ぐっと真横に引き結ぶ。
そうして一度うつむけた顔を上げて、私は。
「黒子くんの、背骨にさわらせてほしいの」