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05


どれくらい経っただろうか。
灯りもつけずに蹲っていた俺は、後ろでドアが開く音にビクリと身体を揺らしはしたが、顔を上げずにひたすら存在を消すように小さくなった。

「はるちゃん」

さっきよりもだいぶ落ち着いたその声に、ゆっくりと顔を上げると苦虫を潰したような顔で舌打ちをした尋之さんが、ガッと俺の腕を掴んで無理やり立たせる。

とっさに手放したカバンが音を立てて落ちるのと同時に、噛みつくようにキスをした尋之さんに抵抗するが、力で勝てるはずもなくそのまま玄関のドアに押さえつけられた。

「んっ、や、やめ」
「なんで?はるちゃんは俺のものでしょ」
「やだ、や・・・んっ」

いくら首を振っても、胸を手で叩いても、全身で押さえつけられて顔を手で固定されてしまっては、逃げ場がなかった。

いつもだったら、いつまで経ってもうまく息継ぎができない俺を気遣って間を空けてくれる彼は、今日はそんなことはしてくれなくて、息苦しさと胸の痛みで涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった俺の顔を見て尋之さんは自虐的に笑った。

「言ったでしょ、はるちゃん。逃がしてあげられないよって」
「お、れ、逃げようとなんかっ」
「じゃあ、あの女何?めちゃくちゃいい雰囲気だったじゃん。抱かせてあげるとでも言われたの?ああいう、ふわふわした女が好み?残念だったねぇ、もう二度と女を抱くことはないよ、はるちゃんは」
「〜っ、な、んで!」

俺の話も聞かず、ただただ勝手に結論づけて話を進めていく尋之さんが、初めて思いを伝えて好きだと言ってくれたあの日と重なって、また涙が溢れてくる。

でも、あの時とは状況が違う。

全部俺に非があるようなことを言ってくる彼だって、ついさっきまで男と腕を組んで歩いて、しかもその相手と寝たことがあるそうじゃないか。いつまで経っても、俺がお願いしてもしてくれないそれを、いとも簡単に別の誰かにしていたのかと思うと、胸がはちきれそうで、そして、怒りがこみ上げてくる。

「ひ、ろゆきさんだって!男と腕組んで歩いてたじゃん!」
「は?・・・あれは仕事で」
「仕事?仕事で男と寝るの!?」
「・・・聞こえてたんだ」
「否定しないってことは、ほんとなんだ。俺は、俺がいくらしようって言ってもしてくれなかったのに・・・っ、こういう関係になって、やっぱり違ったならそう言えばいいじゃないですか!なんで、こんな」
「何、違ったって」
「だ、から!キスして、触るくらいならいいけど、セックスはできないって、やっぱりお前なんか抱けないって、言ってくれれば、俺、だって・・・」

ついに、言ってしまった。
これで肯定されてしまえば、もう尋之さんとの関係は終わりだ。ボタボタと落ちる涙は止まることを知らなくて、弱った俺をかまってくれるならあんな酷い会社でも働き続けようと思ってまで続けようとした関係が終わろうとしていることから逃げ出したい。

一向に返ってこない言葉に、腕を振りほどこうとしても一切力を緩めない尋之さんを睨み付けると、ゆっくりと目を閉じてその目を伏せると深い溜め息をついた。

切り出すなら、さっさと言ってくれればいいのに勿体つける彼に苛立ちと、性懲りも無くほんの少しの期待を込めて見つめていると、何故かムスッとした表情を浮かべた尋之さんがようやく口を開いた。

「ここまではるちゃんに伝わってなかったのは、めちゃくちゃ心外なんだけど。俺なりに大事にしてたつもりだったよ、はるちゃんのこと。・・・今日見られて、聞かれちゃった通り昔、って言ってもほんの3、4ヶ月前くらいだけど、確かに女も男も適当に関係を持つことが多かった。でも、はるちゃんと出会ってからはそんなこと一切してないし、はるちゃんとは、一緒にいるだけで満たされるから・・・」

尋之さんの言葉に、きっと相当間抜けな顔をしているだろう俺を見てフッと笑った尋之さんは腕を掴んでいた手を離して、俺の頬に伝う涙をそっと拭うと言葉を続けた。

「はるちゃんが、その、したいって思ってくれるのは、本当に嬉しいんだけどね。男同士での下役は負担がすごく大きいんだよ。そんなリスク負わなくっても、俺は充分満足だし、はるちゃんも、それで満たされてくれてると思ってた。・・・ごめんね、不安にさせて」

最後に、泣きそうな笑顔でぎゅっと抱きしめられてしまえば、もともと止まらなかった涙がさらに溢れた。

「うっ、ふ、ぐ、ずっ、ご、めんなさ」
「・・・うん。溜め込まないでって、言ったのに。でも、今回は俺の方が悪いかなぁ」
「あ、お、ずっ、れが、尋之さんの、こと、信じなかった、から」
「あ〜、まぁ、そうだねぇ・・・こーんなに愛してるのに」

高そうなスーツに鼻水がつくことも気にせず、ギュウギュウと抱きつく俺の背中を優しくさすっていた尋之さんは、靴を脱ぎ、よいしょ、と言って俺を抱えあげると、慣れた手つきで俺の革靴を脱がして部屋の中へと進んでいく。

そして、そのままソファに座った尋之さんにまるでコアラか何かのようにしがみついて離れない俺に、少し笑って頭を撫でた。

「あーあ、こんなに泣くなんて。あ、そっか、お酒飲んでるのか、はるちゃん」
「う、は、い・・・」
「なるほどねぇ・・・さっき啖呵切ってたのもお酒の力があるのかなぁ・・・新鮮でよかったよ」
「う、え、ぐすっ、も、う二度としません」
「そう?まぁ、ケンカはしたくないねぇ、確かに」

静かに笑う尋之さんは、さっきまであんなに切実に訴えかける言葉を吐いたとは思えないほど余裕そうで。
確かに、お酒の力で気が大きくなっているのかもしれないと思いながら、ソファ横のローテーブルに手を伸ばしてティッシュを手に取り、鼻をかんで涙を拭いた。

「もう、二度と、1人で考えて、悩みません」
「うん。そうしてくれると嬉しい」
「でも、やっぱり、その、セックスに関しては・・・」
「・・・もしかしてだけど、興味本位ならやめたほうがいいよ?本当に。はるちゃんは元々ゲイなわけでもないんだし」
「ち、違くって・・・その、ひろ、ゆきさんと過去に、関係を持った人たちが、羨ましいというか・・・」
「え、羨ましい?」
「その、〜っ、嫉妬、です。多分・・・」
「え」
「だ、って、俺だけ、してくれないの、ずるいじゃないですか・・・」
「ちょっと待って、なに、俺試されてる・・・?そんな可愛いこと言わないでよ、はるちゃん・・・せっかく俺、頑張って耐えてきたっていうのに」
「耐えなくたって、いいのに・・・ずっと、きっと尋之さんは経験豊富で、それで、男の人は予想外でしたけど、過去にそういう関係になった女の人たちは、いいなって、思ってたんです」

こんなこと、女々しくて恥ずかしくて伝えられないと思っていたけど、これだけ泣いて鼻水を垂らした顔を見られてしまったらもう羞恥心なんてどこかに消えてしまった。それに、全部を曝け出して尋之さんと会話をするのは、とても心地が良かった。

返事がないのをいいことに、再びぎゅっと抱きつくと俺の涙と鼻水で湿ったスーツとシャツが気持ち悪くて、でもそれを気にすることもなく受け入れてくれる尋之さんが大好きで、ふふふ、と1人で笑っていると頭上から深い溜め息が聞こえた。

少し顔を傾げて仰ぎ見ると、顔に手を当てて参ったというように笑った尋之さんが口を開いた。

「うん、負けた。・・・わかった、けど、ほんとーにしんどかったり、痛かったりしたらすぐ言うんだよ。あと、やめてほしくないとか、そんな危ないこと最中に絶対言わないでね。俺今自分の理性の弱さを痛感したとこだから。わかった?」

真剣な表情でそう言った尋之さんに何度も首を縦に振ると、よし、と言って再び俺を抱え上げた尋之さんはお風呂場に向かいながら言った。

「忘れてると思うから、と言うか、諦めさせるために最初の一回目だけしたけど、お風呂場での準備、あれ本当に必要なやつだからね。覚悟しなさい、はるちゃん。煽った代償は大きいよ」

ニヤリと笑った彼に、顔を熱くしながらも抱きついて離れない俺はもしかして、いやもしかしなくても少し変態なのかもしれないと思った。



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