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その後店を出たのは11時半過ぎで、明日が休みだからといって調子に乗りすぎたと、電話で奧さんに謝る山下先輩がタクシーに乗るのを見送って、電車に乗るという安藤さんを駅まで送り届ける。

この時間になってくると、怪しげな人も増えてきて女性を1人で歩かせるのは心もとないと名乗り出たが、ふらつく足元はもしかしたら足手纏いかもしれないと、駅の目の前まで来てようやく気づいた。

「ありがとう、晴海くん」
「いえ、俺こそ、あんな話聞いてくれて、ありがとうございました」

途中から水に変えたおかげで少しはっきりとしてきた意識で罪悪感と恥ずかしさを混ぜたお礼を言うと、ふふふ、と安藤さんは笑った。

「いいの、大丈夫。なんか、吹っ切れちゃった」
「え?」
「鈍いね、晴海くん」
「え、にぶ、い?」
「ふふふ、はぁ、早く恋人の所に行って、さっきみたいに思ってる事ぶつけてみたら?」
「え、あ、・・・え?」
「分かりやすいなぁ、晴海くん」

楽しそうに笑う彼女に、よくわからないけどまぁいいか、と俺も笑顔で返すと、フッと彼女は目を伏せてまた笑った。
そろそろ出ないと終電がなくなるんじゃ、と声をかけようとしたその時、耳に聴き馴染んだ声が入った。

「ほら〜ちゃんと歩いてよ」
「半田さ〜ん、もう全く相手にしてくれないんですかぁ?俺たち相性良かったじゃないですかぁ」
「あー、あははは。また機会があればお願いしようかなぁ〜」
「そう言って〜みぃんな、躱してるの知ってるんですからね〜?」

見るな、と自分に言い聞かせる間も無く振り返った俺は、すぐに後悔する。
そうだ、もう、夜の街、彼の世界の時間だと言うことをすっかり忘れていた。

視線の先には、光沢のある柄が入ったスーツに、珍しく柄のない黒シャツを着た彼が、尋之さんがいた。

そしてその右腕に、尋之さんより少しだけ背の低い、男の腕が絡みついていた。

突然振り返って固まった俺に、不思議そうな声色で「どうしたの?」と声をかけてくる安藤さんに返事もできずにいると、一瞬あの冷たい目をした尋之さんが隣の男から目を逸らし、バチッと目が合ってしまった。

まるで時間が止まってしまったかのような状況に、動けずにいると、安藤さんは俺の視線を追ったのか「わ、ヤクザだ・・・」と呟いた。

「晴海くん。そんなに見たら、危ないよ?」

グイグイと腕を引く彼女に視線を戻すと、少し焦ったような顔で尋之さんをチラチラと見ている。
そうか、普通の人は、そう言う感情になるのか、と他人事のように考えてると、目の前の安藤さんが息を呑む音が聞こえた。

「は、晴海、くん」
「?・・・どうしたんですか?」
「う、しろ」

俺の頭上を通りすぎて視線を向ける彼女に不思議に思いながら振り返ると、視界いっぱいに黒いシャツと光沢のスーツが映った。ゆっくりと首を上げるとさっきまで男と腕を組んで歩いていた尋之さんが目の前にいて、あれ、また酔いが回ってきたのだろうかと顔に当てようとした手を尋之さんに掴まれてハッとする。

これは幻覚でもなんでもなく、尋之さんが俺の目の前に立っている。

そう自覚すると全身から嫌な汗が出てくる。職場の人に、男と付き合っていると打ち明ける勇気はまだなかった俺は、そろっと背後の安藤さんに視線を向けた。

「あ、安藤さん、この人、俺の知り、合いだから大丈夫です」
「で、でも・・・」
「なーに、はるちゃん、会社の人?」

なんとか、気にせず帰ってくれと念じながら安藤さんに声をかけると、尋之さんはにこりと笑って俺の手を離した。
笑顔なのに全く笑っていないその目が恐ろしくて、背を向けて安藤さんの腕を掴んで改札へと促す。

「ほら、安藤さん、また、週明けに会いましょう」
「でも、晴海くんが」
「本当に、大丈夫ですから」
「・・・ほんとに?」
「はい。約束します」
「・・・わかった。何かあったら絶対連絡してね?」
「はい、必ず。気をつけて帰ってくださいね」

最後になんとか笑みを浮かべたつもりだったが、きっとぎこちなかったんだろう。泣きそうな顔をした安藤さんは、改札を抜けるまでも抜けた後も、なんども振り返りながら駅のホームへと向かっていった。

ようやく見えなくなったその姿に、ホッと肩の力を抜くと、後ろから肩に腕を回されて身体が固まる。

「随分と、仲よさそうだったねぇ?」

自分のことを棚に上げてそう言った尋之さんにぎゅっと拳を握るが、冷たいその声に言い返せずにいると、すんすんと首元を嗅がれて意図せず体が震えてしまった。

「あー、酒臭い。それに女物の香水。お楽しみだったんだねぇ」
「会、社のみんなとの飲み会です」
「ふぅん?あの女は、その気だったみたいだけど?」
「っ、安藤さんのこと、そんな風に言わないでください!」
「うっわぁ、珍しく大声出したかと思えば、あの女を庇う言葉とか。あー・・・とりあえず、俺車だからそこまで来い」

語気の強い言葉を尋之さんから初めて向けられて、いよいよ捨てられるのかと諦め半分で大人しくついていくと、初めて乗せてもらった黒の乗用車の後ろのドアを開けた尋之さんに無理矢理押し込まれる。
雑なその扱いに、涙をこぼすとハッと鼻で笑った尋之さんは勢いよく扉を閉めてどこかへと電話を掛けた。

ものの10秒ほどでその電話を切ると、再び雑に運転席に乗り込み、シートベルトも閉めずに車を発進させる。
初めて感じる荒々しい運転も、初めて乗った助手席以外の席も、そのどれもが俺の胸を締め付けていてカバンをぎゅっと抱えてなんとかその痛みに耐えた。


普段より、10分以上は早くついただろう尋之さんのマンションの駐車場に着くと、エンジンを切ったきり動かない尋之さんに恐る恐る視線を向ける。目を閉じて固く拳を握ったその姿は今にも爆発して、どうにかなってしまいそうで、再びカバンを抱きしめて黙っていると、チャリッと音がして足に何かがぶつかった。

「先に家入ってて。少し、落ち着いたら行くから」

どうやら足にぶつかったのは尋之さんの家の鍵だったようで、それを手探りで拾い、この重く冷たい空間から早く逃げたかった俺は車から飛び出して、ドアも閉めずに尋之さんの家へと向かった。

正面は指紋認証が使えるらしいが、裏口からは鍵がないと入れないことを思い出して、尋之さんは正面にわざわざ回って入ることになるんだと、また余計なことを考えながら、幾度となく来たけど1人で入るのは初めての尋之さんの家に入り、玄関で靴を脱ぐこともせずに蹲った。



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