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03


赤くなった目を安藤さんに目ざとく見つけられ、なんとかごまかしてやっと午前の仕事を終えた俺は、ビルの非常階段に座ってコーヒーを飲む。

あのままデスクにいたら安藤さんに質問責めにされてしまいそうな雰囲気に、食欲はないが部署から逃げた俺が唯一誰にも見つからずに物思いに耽ることのできる場所がここだった。
3ヶ月前までの仕事が辛い時もよくここに来ていたっけ、と、久しぶりに座った階段はひんやりとしていて、居心地がいいとは言えない。それでも、腰をあげる気になれない俺は、今朝、始業直前に入っていた尋之さんからのメールを思い出して頭を抱えた。

〈はるちゃーん。朝起きれなくてごめんね〜・・・それで、今日は早い時間から仕事が入っちゃってるから、明日!家まで迎えに行くね〜〉

最後に仕事頑張ってね、と書いて締めくくられたそのメールに、返事をできずにもう昼休みになってしまった。
一度電話もメールも無視をしてしまった時、尋之さんが浮かべた悲しそうな顔が浮かんでは消えて、返事をしようと何度も読み返しては画面を暗くしてを繰り返す。

しかし、このままではきっと埒が明かない、と、なんとか返事を打った。

〈気にしないでください。今日、了解です。尋之さんも、仕事頑張ってくださいね〉

可愛げもなく、明日家に来るということに関しては一切触れていないその返事に送ってから後悔したが、もうどうしようもないんだとスマホをポケットに入れて非常階段を後にした。



そして、尋之さんに会う予定がないのであればと残業していた俺に、定時を30分ほど過ぎた頃、昨日と同じく安藤さんが声をかけてきた。

「晴海くん!今日金曜だし、みんなで飲みに行こーって話なんだけど、今日も忙しい?」

ニッコリと笑ってそう言った彼女に目を向けると、後ろの方で、コイコイと手を振る男性社員が目に入って、思わず笑ってしまう。それにキョトンとした彼女が後ろを振り返ろうとしたので、慌てて腕を掴むと、うっすらと頬を染めた彼女に気まずくなってすぐに手を離した。

「あ、えっと、飲みですね。今日は行きます」
「わ、本当?嬉しい」

そういって笑った彼女に、俺も笑顔で返す。本当にキラキラとした笑顔を浮かべる彼女は可愛らしくて、尋之さんもこんな女性だったら躊躇わずに手を出すんだろうかと考えてしまって自己嫌悪に陥った。

いつでもどこでも彼のことを考えてしまう自分に苦笑いを浮かべて、帰り支度をする。

チラッと確認したスマホは、あれっきり彼からの返信は来なくて、やっぱり不自然だったかとまた苦い嘲笑をして「晴海くん、早く〜」と呼ぶ安藤さん達の元へと向かった。





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展望タワーの周りは比較的オシャレな店が多く、俺たちはもっと大衆的な居酒屋に行きたいんだ、といった男性同僚の案で俺のアパートの最寄りである駅の繁華街へとやってきた。

やっぱりここら辺では一番大きく、栄えてる駅なんだと実感すると、久しぶりにあのボロいアパートへと愛着が湧いてくる。

ここにしようと入った居酒屋は、なぜか比較的空いていて、メニューを開くとなんとなくその理由がわかった気がした。

「わー、なんか、すっごい聞いたこともない名前のお酒いっぱいあるね〜」

安藤さんも気がついたのか、ドリンクメニューを広げる俺の手元を覗き込んでそう言った。

「ですねぇ。日本酒とか焼酎が多いですね」

ビールやチューハイは隅の方に小さく書かれていて、それ以外の5ページほど、有名なものから見た事もないものまで名前が並ぶそれは圧巻だった。

「これは日本酒いくしかないな!」

誰だったか、1人がそう言うとみんなが日本酒を吟味し始めて、気づけば1時間足らずで半分以上がかなり出来上がっていると言う、なんとも言えない状況になっていた。
隣に座る安藤さんは、日本酒は得意じゃないと、隅に書かれたチューハイを少しずつ飲んでいたので比較的シラフではあるが、その頬はうっすらと赤く染まっていた。

あまり酒が得意じゃなさそうなのに、なんであんなに飲みに誘ってくるんだろうと、ゆっくりとマイペースに日本酒を飲んでいると、俺より5つ上の山下先輩がグイッと肩に手を回してきた。

「晴海ぃ〜、本当、あの時ごめんなぁ」

ガタイのいい先輩にグリグリと肩の骨を押されて痛みに耐えていたが、その一言に顔を上げて笑顔を返す。

「何言ってるんですか。あんなの、どうしようもなかったんですよ、それこそ俺たちみたいな一社員がどうこうできる次元じゃなかったんです」
「そーだけどよー・・・あん時、小金井に手を貸した晴海はマジでかっこよかったんだってー・・・ほら、それで安藤だって」
「ちょっと、山下先輩!!」

何かを言いかけた山下先輩を顔を赤くして怒鳴った安藤さんにびっくりしていると、恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。
よくわからない状況に、手に持っていたおちょこの中身を一気に煽ると、グワンと酔いがまわるのを感じる。セーブして飲んでいたつもりだったけど、意外と周りに呑まれていたらしい。ふわふわとする思考のまま、安藤さんに笑顔を向けると、酒でうっすらと赤らんでいた彼女の顔が一気に真っ赤になって、彼女もいきなり酔いが回ったんだろうかと心配になる。

しかし、すぐに戻った彼女の顔色に、口を開く事なく、いつの間にか並々に注がれたおちょこに酒を呷った。



そして、それからまた1時間ほどたっただろうか。

完全に泥酔している奴から、巻き込まれたくないと早々に帰った奴。
俺はどちらかと言うと泥酔している側で、顔を真っ赤にして大声で笑う山下先輩にヘラヘラとよくわからない、締まりのないだろう顔で相槌を打っていた。

「晴海くん、大丈夫?お水もらったよ」

後ろから声をかけられて、振り向けば困ったように笑う安藤さんがいて、てっきり彼女はもう帰ったと思っていた俺は、体ごと向き直ってお冷を持つその手を上からギュッと握った。

「あの、ですね、俺、安藤さんが笑える会社になって、良かったと思います」
「え、あ、晴海くん、あの、手・・・」
「だってですね、やっぱ女性とか、まぁ男もですけど、笑顔が一番じゃないですか・・・ふ・・・うっ」

きっと、いきなり泣き出した俺に、彼女はとてつもなく混乱しているだろう。
俺自身も、まさか笑顔という単語から尋之さんを思い出して泣くなんて、思ってもみなかった。

手を離して、両手で目をこすると、安藤さんの柔らかい手がそれを咎めて暖かいおしぼりが当てられた。その優しさに、さらに涙をこぼすと、安藤さんが楽しそうに笑った。

「晴海くん、酔っぱらうとこんなに可愛いんだね。いつも優しいけど、結構クールなのかと思ってた」
「うっ、え、クー、ルなんかじゃ、ない、です」
「うん、これ見たらそうだよねって思うよ」
「俺、あの、ちょっと相談してもいいですか・・・」
「なぁに?」
「あ、の、例えば、なんですけど、つき、合ってる人が、その、なかなか、あの、セッ、クスをしてくれないのって、どう思いますか・・・」
「・・・え?」

やっぱり引かれてしまったか、と顔を上げると、なぜか傷ついたような顔をした彼女の瞳がゆらゆらと揺れていて。どうしたんだろうと、首をかしげると慌てたように彼女は口を開いた。

「あ、ご、めん。その、晴海くんの口から、そういうのが出てくると思わなくって・・・」
「すみま、せん。やっぱり引きますよね・・・」
「う、ううん!そういう悩みは誰でも抱えることあると思うよ!・・・えっと、それで、恋人が、その、しれくれないの?」
「たと、えばですけど・・・そうです」
「うーん・・・なんだろ、自信が、ないとか?」
「いや・・・それはないんです」
「そ、っかぁ。じゃあ、なんだろう・・・」

こんな、唐突でくだらない内容でも真剣に考えてくれる彼女は、とても優しいと思った。

そして結局、2人してウンウンと考えてみても答えは出なくて。
最後に彼女は「本人に聞くのが一番いいと思うよ」と、きっと例えばなんて見え透いた嘘を分かりきった言葉を放って、なぜか少し泣きそうな顔で笑った。




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