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02


翌朝、目を覚ますと相変わらず尋之さんは眉間にシワを寄せて眠っていた。

やっぱり昨夜もいれる事なく終わった情事に、掛け布団をギュッと掴む。

別に、尋之さんとこうして身体を合わせるだけでも十分満足はできる。だけど、どうしても、きっと過去に彼と関係を持ったことのある人たちを羨ましく思って、嫉妬してしまう。

彼女らと、俺は何が違うんだろう。

そう考える度に違いは明白で、俺には柔らかい肌もなければ胸もない。体重は戻ってきているが、俺は貧相で無骨な男の体だ。好きではあるけど、抱けはしないと言ってくれれば、いっそ諦めがつくのに、と、眠る彼の顔を見て溜め息を吐いた。

起きている間には絶対に向けられない恨めしい視線を彼に送ってから、やっと時計を見れば6時をさしていて、出社するにはまだまだ余裕はあるが俺は一足先にベッドから出た。


そして床に落とされたスウェットを履いて、リビングのドアを開けると、キッチンで動く人影にビクリと体が固まる。

今まで一度も彼の家に人がいるのを見たことがない俺は、恐る恐るキッチンを覗き込んだ。
そこにいたのは、俺と同世代くらいのスーツを着た男の人で、レンジで何かを温めたり、鍋で湯を沸かしたりと忙しそうに動いてる。

物音を立てないように、ゆっくりと近づくと何やらいい香りがしてきて、何もこんなタイミングじゃなくてもいいのに、空気を読めずに鳴ったお腹の音で、冷蔵庫を覗き込んでいた彼が、バッとこちらを向いた。

目を丸くして固まる彼は、黒髪の短髪で爽やかな風貌をしている。一見普通のサラリーマンだが、尋之さんの家にいるということは違うのだろうと恐る恐る口を開いた。

「あ、の、初めまして・・・」
「え、あ!初めまして!すみません、起こしちゃいましたか?」
「いえ!普通に目が覚めただけです」
「あー・・・はるさん、ですよね?」
「え?あ、はい。はる、であってると思います」
「まじかー・・・今までの隠密がすべて水の泡・・・」

そう言ってがっくりと肩を落とした彼に、見たらまずい場面だったのかと、視線を下げると彼が慌てたように言った。

「あ、あ!はるさんのせいじゃないので!!全く!気にしないでくださいね!!むしろあの寝坊助傍若無人な若が悪いんですから!」

そう言い放ったタイミングで、チン!となったレンジに、思わず笑うと、彼も安心したように笑顔になった。

「俺は、宇野と言います。若の直属の部下です。はるさんのお話は、耳にタコができるくらい予々聞いてます」
「え、あ!宇野、さん。電話で一度話しましたよね?」
「ですです!あの時はすみませんでした!」

話しながら、おそらく食事の準備をしているのだろう宇野さんは手際よく美味しそうな和食を次々に仕上げていく。
もしかして、尋之さんの家に来るたびに出てくる朝食は今まで彼がこうして作っていてくれたのだろうか、と考えると納得がいった。朝に弱い、というかだいたい昼過ぎまで寝ている尋之さんが朝から料理なんてできるのだろうかと常々思っていた。いつもありがとうございます、と心の中で頭を下げていると、宇野さんはダイニングテーブルにおかずを並べて、俺に箸を渡す。

「お腹、空きましたよね!先食べちゃってください!どうせ若はあと30分以上は起きてこないでしょうから」

受け取った箸を持って、確かに、とお礼を言って椅子に座ると、炊きたてのご飯と暖かい味噌汁を出されて、いよいよ空腹を抑えられそうにない俺は、いただきます、と言って朝食に手をつけた。

いつも食べている和食と同じ味付けや風味を感じて、やっぱり宇野さんが用意してくれていたんだと視線を送ると、ニコニコと笑いながらこちらを見ていた宇野さんが嬉しそうに口を開いた。

「いやー、美味しそうに食べてもらえるのって、嬉しいですねー。若なんてほぼ目が開いてないだろって状態で食べるから、なーんも面白くなくって。あ、でも、はるさんに合わせて食べるようになってからは、ちょっと改善されたかな・・・?夜の仕事が多いのだって、若の要望だからなだけであって、別に昼間に終わらせようと思えばできるってのに。全く困った人ですよねー」

懐かしいマシンガントークに、もぐもぐと口を動かしながら頷いていると、黙って話を聞いてくれる相手が珍しいのか、嬉しいのか、宇野さんはさらに続けた。

「でもでも、ほんとーに、はるさんと出会ってからかなり変わったんですよ!てか、タバコ我慢してるの見たときなんか、あ、明日この世が終わるのかなって思っちゃいました。すごいですよ!はるさん!まじで尊敬します!あの若についてけてるだけで尊敬ですけど!さらにですもんねー。いや、ちょっと前、っていうか、はるさんとお付き合いする前は男女問わず手ぇ出しまくって、後処理するの俺たちだったんですよ・・・あの頃を考えると、朝食を作りに朝5時に来いなんて、可愛いわがままだなって思えますね、まじで」

よくそんなに一気に話せるなぁ、と、朗らかな気持ちで話を聞いていた俺は、彼が放った一言で箸を止めた。

男女、問わず・・・?

口に入っていたものを、ゆっくりと飲み込んで、言葉を噛み砕く。

男女問わず、手を出す、というのはつまり、彼は男の人との経験があるということだろう。
で、あれば、彼が俺を抱かない理由はなんなんだろう。やっぱり、いざ身体を合わせて見たら違ったのだろうか。彼は、優しいから、友愛と勘違いしてしまったそれを言い出せずに、仕方なしに昨夜のように俺に触れていたのだろうか。

突然食べることをやめた俺に、不思議そうな顔を向ける宇野さんに「なんでもないです」と言って、残りのご飯と味噌汁を掻き込む。

正直、一瞬で食欲なんて消え失せてしまっていた。
それでもせっかく宇野さんが作ってくれた朝食を残すわけにはいかないと、なんとか食べ終えて箸を置いた。


俺にできることは、彼に別れを告げることなんだろうか。
また1人で深く考え込む俺を、尋之さんは叱って、そして、考えていることを吐露した俺になんて言うんだろう。

目に涙が溜まるのを感じて、俯きながらごちそうさまでした、と言って椅子を立った俺を心配する気配を感じたが、振り返ることなく寝室に戻ると、まだまだ深い眠りの中にいる尋之さんが視界に入る。

今ここで、俺を抱かないのは恋愛感情じゃなかったと気づいたからですか、と聞いてしまいたい。
でも、聞いてしまって、もしその通りだったら、俺は耐えられるんだろうか。

丁寧にハンガーにかけられたスーツを着て、ネクタイはカバンの中に放り込む。一刻も早く、今この空間から逃げ出したい俺は、靴下も履かずに寝室のドアを開けた。

涙は落ちてこそいないが、きっと目は潤んでいるんだろう俺の顔を見た宇野さんは、驚いた顔をしてこちらに近寄る。

「え、え、あの、俺なんか言いました?俺のせいですか?ほんとすみません、よく話しすぎだって言われるんです・・・。はるさんがなんか話しやすい雰囲気だったので、調子乗りました・・・すみません」

頭を下げた彼に、気にしないでという余裕もない俺は、苦笑いを浮かべた。

「いえ、俺自身の問題なので、大丈夫です。むしろ突然すみません・・・、あの、尋之さんには、会社から急な連絡が入って早く行くことになったと伝えてもらえますか?」
「あ、はい。それはもちろんいいですけど・・・本当に大丈夫ですか?会社までお送りしましょうか」
「え、そんな、大丈夫です。ありがとうございます・・・朝ごはんも、美味しかったです。それでは」

このままでは、目の前にいる宇野さんに尋之さんについて根掘り葉掘り質問をしてしまいそうな自分を抑えて、玄関に向かうと、後ろをついてきた宇野さんが申し訳なさそうな顔で言った。

「本当、すみません。何があったのかは、俺が何をしたのかはわかってない、ですけど。若ははるさんのこと、大事に思ってるのでそれだけはわかってあげてください」

最後に深々と頭を下げた彼に、小さく「・・・はい」と返事をして、背を向けてドアを開けると同時に溢れた涙は、なかなか止まってくれず、会社に着いたのは時間ギリギリの8時25分だった。



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