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会社での騒動があってから、もう3ヶ月。俺は充実した毎日を送っていた。

社長の不祥事によって、顧客からの信頼はガタ落ちはしたものの、社員たちへの同情もあってかそこまで会社に損になるようなことはなかった。そして、本社の会長が会見で言っていた通り、業務形態はかなり改善され、むしろ残業をしていると新しく本社から来た上司が口うるさく早く帰れと言うほどだ。

先輩に関しては、社長についてのニュースでかき消されてしまった感は否めなかったが、有罪判決ではあるものの執行猶予付きで今は実家に戻って暮らしていると噂で耳にしている。前科がついてしまうようなことをしてしまったのは、確かに先輩の責任ではあるが、その相手の元上司も命に別状はなく、別の子会社に配属されてそこで変わりなく働いているようだった。

これも噂で耳にした話だが、配属や転勤など聞こえが良く言えばそうでも、実情はほぼ左遷も同然ということのようで。マスコミなどに元上司が追われて掘り返されたら面倒だと下した判断だろう。
本社の保守的なやり方に嫌悪感を抱かなくもない、けど嫌いな上司はいなくなったし、今いる上司も気兼ねなく仲良くできるかと言われるとそうではないが、以前よりだいぶ環境が良くなったので気にしないことにした。


そして、一番変わったのが部署内の空気だ。
誰も、誰にも関わらないという重たく淀んだ空気は消えて、今では仲良く昼食に出かけたり、仕事終わりに飲み会を開くことだってある。

2週間の休みを終えて久しぶりに出社した時は、なぜかほぼ全員に謝られて、中には泣き出す人までいて。分かっていたのに、究極の事態になるまで何もできなかったと悔やむ人が沢山いてくれた事に嬉しくなった俺も、少しもらい泣きしてしまったのは今では恥ずかしい思い出だ。

泣き顔を隠すように笑って、これからはみんなで協力していこう、と、言葉を投げかければ誰もが賛同してくれた。先輩のおかげと言っていいのかはわからないけれど、会社は確実にいい方向へと向かっているように感じた。


仕事量はそこまで変わってはいないものの、無理をすることもなく、今は展望タワーのベンチでコンビニのおにぎりをかじっている。
キリのいいところまで進めてしまおうと仕事をしていたら、少し遅い昼休憩になってしまった。スマホを見ればもう14時をまわっていて、タイミングよくメールの着信を知らせた。

緩みそうになる頬を抑えて開けば尋之さんで〈おはよ〜。今日は19時に行けそ〜〉と書いてある。
付き合い始めてから、生活リズムが完全に違う俺たちは時間が合えば毎日のように会っていた。どちらかが寝不足になってしまうことも多々あったが、そんなことよりも彼に会える方が大事だと彼の仕事が始まる時間まで俺の家で過ごしたり、尋之さんの家で過ごしたりを繰り返していた。

そして、今日も会えるのだと思うと、早く仕事を終わらせようと意欲が湧いてきて、おにぎりを1つ残したままの袋を下げて俺は会社へと戻った。


暗くなった外に時計を見るともう定時を5分ほど過ぎていた。

「あ、晴海くん、今日飲みに行くんだけど、どう?」

帰り支度を始めた俺に話しかけてきたのは2つ上の同僚で、3ヶ月前までは青白かった頬を健康的なピンクで染めた彼女は笑顔でそう言った。

「あ、すみません。今日はちょっと用事があって・・・」
「そっか、残念。じゃあまた誘うね〜」
「はい、また」

ふわりとスカートを揺らして席に戻っていった彼女に心の中で謝りながら「お先に失礼します」と残っている人に声をかけて会社を後にした。

今日話しかけてきた彼女は安藤 佳奈(あんどう かな)さんと言って、ここ最近よく話しかけてくれるようになった。
ふんわりとした雰囲気に、社内の男性から人気があると聞いていたので、なぜ俺に話しかけてくるんだろうと考えてみたが、一向に答えは出なかったので考えることを諦めたのは1ヶ月ほど前だ。

あんなに暗く、辛そうな表情だけを浮かべていた安藤さんが笑っていられる職場になって本当に良かったと、駅に向かいながら考えているとスマホが震えているのに気がつく。

取り出して画面を見ると尋之さんからで、飛びつくように電話に出た。

「尋之さん、お疲れ様です」
〈うん、はるちゃんお疲れさま〜。もう電車乗っちゃった?〉
「あ、いえ、まだ駅のちょっと手前です」
〈よかった〜。用事早く終わってね。駅まで迎えにきたから、東口おいで〜〉
「え、あ、はい。わかりました」
〈今日はスポーツカーだからすぐ見つかると思うよ〜〉

電話口で言われた通り、東口で道路に目をやるとオフィス街にある駅にはあまり似合わないスポーツカーが一台停まっているのが目に入った。電話を切らずに駆け足で近づくと、耳元で尋之さんの笑い声がした。

〈そんな、急がなくっても俺は逃げないよ、はるちゃん〉

スポーツカーの目の前について、中をのぞくとスマホを片手にこちらを見る尋之さんと目が合う。思わず頬を緩めると、彼もゆるい笑顔を浮かべてドアを開けた。

「お疲れさま、はるちゃん」
「は、い。お疲れ様です」
「ふふふ、今日は俺の家行こっか〜。あ、その前になんか食べてからかな〜」
「そうですね。俺はなんでも大丈夫です」
「んー、じゃあいつもの和食屋さんでいい〜?」
「はい、お願いします」

「りょうかーい」と、ゆるく返事をした尋之さんに続いて車に乗り、俺が酔っ払って醜態を晒したあの和食料亭へと尋之さんは車を発進させた。



料亭での食事を終えて尋之さんの家に着くと、お風呂沸いてるよ、と言った彼の好意に甘えて先に入れさせてもらい、今は尋之さんが出てくるのをソファに座ってテレビを眺めながら待っていた。

あれから幾度となく身体を合わせはしたものの、恥ずかしさが一向に消えない俺に、尋之さんはいつも、大丈夫だよ、と言って触った。

いれるだけがセックスではないと言った彼は、その後一度も俺の身体を使うことはなく、たまに駄々をこねると指でいじりはするが、唯それだけだった。俺にそういった魅力がないのかもと悩んだこともあったが、そうであれば会うたびに触れて、キスをしてくる彼の行動は何なんだと何度も頭を悩ませた。

きっと経験豊富なんだろう尋之さんに、そういった事で俺が勝てるはずもなく、ただただ流されて終わりになってしまうことに、不満というか、不安を募らせる俺に気づいているのかいないのか、ひたすらに甘い言葉をかけてくる尋之さんはとてもずるいと思った。

大して興味もない深夜番組を眺めていると、ガチャッと音がしてリビングのドアが開いた。
振り向けばタオルを肩にかけた尋之さんが髪の毛からポタポタと水を垂らしながらこちらに近づいてくる。

ふとした時にとても冷たい目をすることもあれば、全てを包みこんでくれるような優しい目をすることもある彼は、自分自身に関しては割とズボラなようで、その1つ1つにときめいてしまう俺はだいぶ重症だ。

隣に座った尋之さんの頭に手を伸ばして、タオルで髪を拭くと、彼は嬉しそうな表情で目を閉じた。

「あ〜、はるちゃんに拭いてもらえるならドライヤーなんてこの世から消えちゃってもいいよね」
「な、に、言ってるんですか。ちゃんと拭いてから来てください」
「ふふふ、いや〜、こういう時はるちゃんはお兄ちゃんなんだな〜って思うね〜」

下に6人妹弟がいると言ってから幾度となく言われたそれに照れ笑いを返すと、尋之さんは拭いていた俺の手を掴んで、チュッとリップ音を鳴らしてキスをされた。

「でも、みんなのお兄ちゃんのはるちゃんより、俺の前だと、甘えてくれるはるちゃんの方が、もっと好き」

ニヤリと笑った彼のその笑顔は、大体ことが始まる合図で。
顔に熱を集めた俺の耳元で「ベッドいこっか」と囁いた彼に頷くと、腕を引かれて寝室へと入る。ベッドに座らされて、膝をついた彼が覆いかぶさるようにキスをしてくるのは何度経験しても心臓が痛いほど高鳴ってしまう。

でも、いつも通り、幸せなはずのその行為に、不満なんて抱いていないはずなのに。
さっきまで1人で考えてしまった、いつまでたっても彼が俺の身体を使ってくれない理由を考えると、高鳴りとは別に胸がズキッと痛むのを、彼に抱きつく事でごまかした。



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