夢 と 現実
おまけ


「あ!ちょ、遼!!」

ぼたぼたと涙を流しながら居間から出て行った遼を止めようとしたが、間に合わずに伸ばした手は宙を切った。

「〜っ、親父!!・・・」

『二度と帰らない』なんて、言わせんなよ、と言葉を続けようとしたが、親父の表情を見てその言葉を飲み込んだ。

そんな顔するくらいなら、言葉選べっての。
眉間に皺を寄せて、後悔しかないといった顔をする親父にジトリと目を向ければ気まずそうに顔を逸らされる。

「ねえ、何?ケンカ?」

最近動き回るようになってきた姪っ子を寝かしつけに行っていた幸が、怪訝そうな顔で入ってきた。
廊下ですれ違ったのか、後ろ髪を引かれるように振り返ってそう言った。

「・・・父さんが、遼にぃをいじめてた」

端っこでスマホを見ていた基がボソッとそう応えると、親父は焦ったように言い繕う。

「い、いや、違うんだ。そうじゃない」
「へえ。なに?なんて言ったの?」
「いや・・・」
「遼にぃ、男の人と付き合ってんだってさ」
「え・・・あ、そうなの?」
「で、それ聞いた親父が、いじめた」
「いじめたって表現は良くないだろ・・・?」

たじたじと答える親父に、初めて遼が男と付き合っていると聞かされた幸、そして、先程まで我関せずだったくせに淡々と親父が何を言ったのかを告げ口する基に、俺は頭を抱えた。

もう口を開くなよ、と呆れながら基へ視線を向けるとその眉間には珍しくシワが寄っている。

こいつ、遼の『二度と帰らない』って言葉を聞いて、切れたんだな。

溜め息をついて今度は幸に視線を向ける。
その顔は、段々と状況を理解し始めたようで親父に鋭い目線を送っていた。

「なんでそんな責めるようなこと言ったわけ?」
「・・・責めるとかじゃない。素性もわからない、しかも同性と、だなんて言われて普通にしてられないだろ」
「だとしても、あの遼に、もう帰ってこないなんて言わせるとか、ありえない」
「そうだよ、遼にぃがほんとにもう帰ってこなくなったらどうすんの」

二人から恨みつらみの言葉を投げかけられて黙る親父が少し可哀想になってくる。
助け舟を出そうと口を開いたところで、キッチンから母さんが戻ってきた。

「まぁまぁ、お父さんも心配するあまり、言いすぎちゃったんじゃない?」

鶴の一声だ。親父を責め立てていた2人はグッと口を継んだ。

「それに、男親からしたら、理解できない部分もあるのよ。そこは理解してあげないとね」

朗らかな笑みを浮かべて幸の隣に座った母さんに、親父が強く頷いた。
基は納得がいかないのか、不貞腐れたようにスマホに視線を落とし、幸は口を尖らせて頬杖をついた。
よし、これでなんとか収まった、と思いきや、幸がこちらに顔を向けて口を開く。

「というか、郁、全然驚いてないし、ショックも受けてないよね」

今度は俺が標的だ。あはは、と渇いた笑いしか出てこない。
そんな返答じゃ騙されないという、キツい視線に、顔を逸らす。

「いやぁ・・・まぁ、なんとなく、察してた?というか?」
「は?いつ?どこで?」
「あー・・・ほら、上京前に、行ったじゃん。遼ん家」
「何、もしかして遼の彼氏に会ったの?」
「あ、いや・・・」
「会ったのね」
「・・・はい」

口では勝ち目がない。
早々に諦めて会ったことがあると白状すれば、8つの目が俺に向く。

別に隠したくて隠してたわけじゃない。遼に頼まれたからだし、それに、あの甘ったるい雰囲気を味わってないからみんなそんなことが言えるんだ。たとえ付き合ってると言われてなかったとしても、普通にわかる。あれは。

気まずさから俯いていると、母さんが明るい声で言った。

「どんな人だったの?」
「え、あ、あぁ、でかかったな、確か。できる男って感じ。あと、遼を大事にしてるのがわかった」
「そう。いい人なのね。よかった」
「うん・・・」
「一人で辛い思いさせちゃったから、頼れる人がいるならよかったじゃない。ね?」

言葉尻で親父に笑顔を向けた母さんに、親父は渋々頷いた。
まぁ、遼だって最初から受け入れられるなんて思ってないだろうしな。ただ、親父の言葉が過ぎただけだ。

今度こそ、丸く収まってよかったと立ち上がろうとした。しかし、母さんが放った言葉に、動きが止まる。

視界に映る、親父、幸、基もピシッと身体を強張らせた。

「でもねぇ、流石に遼を傷つけたのは良くないと思うの」

ああ、親父。口の端がピクピク動いてるぞ。

「そうね、1週間以内に遼に謝らなかったら、一生あなたと口を利かないわ」

それって、実質離婚では・・・?
ちらっと母さんに目を向ければ、先ほどと変わらず優しい笑みを浮かべている。

いや、それがむしろ怖い。

案の定親父は、小さく何度も縦に首を振っていた。


この家の女には勝てない。そんで、その女たち全員を味方につけている遼には絶対勝てない。

身をもってこの家のヒエラルキーを体感した俺は、みんなが各部屋に戻っていく中、最後に立ち上がって親父の肩を軽く叩いた。



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