夢 と 現実
03


地下の駐車場からエレベーター、自宅の玄関まで握った手を離さない俺に、顔を真っ赤に染めたはるちゃんは小さく抵抗を見せたが、緩められることのない力に諦めたのか俯いて耐えていた。

鍵を開け、ドアを開けると同時に腕を引いて、はるちゃんを抱きしめる。
濡れていない、柔らかい生地のさらさらとした感触に心が落ち着いていく。

「おかえり、はるちゃん」

所詮夢だ、会いたいとも言ってくれたし。そう言い聞かせてはいたものの、やはりどこか緊張していたようだ。
首元に額を擦り寄せると、はるちゃんの温かい手が頭を撫でた。

「・・・ただいま、尋之さん」

顔を上げて目を合わせれば、眉を下げて申し訳なさそうに笑うはるちゃんがいた。

「ごめんなさい、帰ってくるの遅れてしまって。あと、気になるようなこと、送ってしまって」

きっと、父親に反対されたというメッセージのことを言っているのだろう。
情けないことこの上ないが、不安に思ってしまったのは確かで、こうして言葉で伝えてくれることに安心するのも確かだった。

「あの、ちゃんと話すので、一旦リビング行きましょう?」
「・・・うん」

諭すようにそう言われて、渋々腕を緩めると先に靴を脱いで家に上がったはるちゃんが俺の腕を引いた。

俺に対して、こんな風に甘やかすような態度を取ってくるのは、はるちゃんだけだ。まぁ、はるちゃん以外にこんなことをしてくる奴がいたら、気持ちが悪いと拒絶するが。

リビングに入り、ソファに腰掛けたはるちゃんが、隣をポンと手で叩く。しかし、それを無視してラグの上に座り、はるちゃんの膝に顔を乗せて腰に腕を回す。

そんな俺を見て、小さく笑ったはるちゃんは、また俺の頭を撫でた。

「父に、というか、家族全員に男の人と付き合ってるって言ってしまったんです」
「そっか・・・今回帰ったのって、言うつもりだったの?」
「いえ、その、晩酌をしている時に、父に付き合っている人はいないのかと聞かれて、多分、顔に出てしまって、詰められて」
「うん」
「えっと、それで、もう言うしかないと思って、男性と付き合ってますと言ったら、まぁ、その根掘り葉掘り聞かれ・・・」

そこで少しムッとした表情を浮かべたはるちゃんが言葉を濁らせた。
まさか、ヤクザだとまでは言っていないだろう。それ以外なら何を言われたって気にしないのにと促すように目を向ければ、ぎゅっと目を閉じてゆっくりと口を開く。

「まず、年齢と名前、そして、職業を聞かれて」
「・・・うん」
「経営とかしてるって、飲食店とか、まぁそんなことを多分言ったんです、けど、少し詰まってしまって」
「そう」
「それで、それで父が、絶対に騙されているから別れろだとか、弱みに漬け込まれているんだろうとか、最終的には・・・」
「ん、大丈夫、言っていいよ」
「男と、付き合うなんてありえないって・・・言われて、俺、理解して欲しいなんて、思っ、てなく、て」
「・・・そっか」

どんどんと小さくなっていくはるちゃんの声に、眉間に皺が寄ってしまう。
俯いてしまったはるちゃんの顔を下から覗き込むと、目に涙が溜まっていた。

ソファに上がり、震え始めた肩を引き寄せると、そのまま抱きついてきたのではるちゃんの身体を浮かせて膝に乗せる。
ぐずぐずと鼻を鳴らすはるちゃんに、背中を撫でて大丈夫だと伝えたが、内心は苛立っていた。

「拒絶、されるのも、覚悟はしていたんです。でも、頭ごなしに尋之さんを悪く言われて、家族に、あんなに否定されるのは、辛かったんです」
「・・・うん、そうだね」
「尋之、さんの仕事は、確かに公にはできないけど、でも、そうじゃなくて、違くて」

まぁ、ヤクザだと言ってしまって反対されたら、それは仕方がないことだと、俺だって理解はできる。
隠し事がある手前、強く出れないが、それにしたってここまではるちゃんを傷つけるとは。たとえ実の父親だとしても、俺は許せない。
お互いに顔が見えないのをいいことに、表情を繕わず、ただ声色だけはいつも通りになるように気を使いながら、口を開いた。

「きっと、はるちゃんのお父さんは心配だったんだろうね」
「っん、ぐすっ、それは、わかって、ます」
「大丈夫だよ。落ち着いたら、また話せば」
「ふっ、う、でも、も、二度と帰らないって、言っちゃった・・・」
「・・・え」

まさか、はるちゃんがそんなことを言うはずがないと思っていた俺は、驚きのあまりバッと顔を上げると、後悔の表情を浮かべるはるちゃんと目が合う。

ああ、酒を飲んでいたと言っていたし、明らかに売り言葉に買い言葉だ。
それでも心優しいはるちゃんは、大切に思っている家族に対してそんな言葉を言ってしまったのが、悲しくて、後悔しているんだろう。

「それを言って、お父さんはなんて?」
「わかり、ません。言って部屋を出て、もう次の日は会わずに帰ってきました」
「そうだったんだね」

こんなことになるなら、帰省について行けばよかった。俺がいれば、いくらでもフォローのしようがあっただろう。
まぁ、でも、男友達が実家にまでついて来るっていうのもおかしな話か。

はるちゃんの頬に手を当てて涙を拭うが、すぐにまた涙が落ちてくる。

「一人で辛い思いさせてごめんね、はるちゃん」
「っいえ、尋之さんは、何も悪くない」
「ううん、実際ヤクザだなんて言ったら、もっと反対されるよ。でも、男だっていうのはどうしようもないし、そこを否定されてもなぁとは思っちゃった。俺、はるちゃんが女でも絶対好きになってたし。まぁ、今はほんと男でありがとう、スーツ姿とかかっこいいしかわいいしって思ってるけどね」

ね、と同意を求めて首を傾げると、涙が止まったはるちゃんは惚けた顔をして俺を見上げた。

「俺も、尋之さんが女性だったとしても好きになってたと思います。あ、でも・・・格好良すぎて近寄れないかも」

ふふ、と照れ笑いを浮かべたはるちゃんが可愛すぎて、思わずキスをする。
軽く触れるだけのものだったが、泣いて赤くなった目元も相まって真っ赤に染まった顔がまたさらに俺の加虐心を煽った。

「はぁ、かわいいね、はるちゃん」
「かわいくないですよ」

いつもの調子が戻ったやり取りに、お互い目を見合わせて笑う。

俺としては、はるちゃんが一生実家に帰らない、縁を切ると言ったって全然いいし、むしろ本当に俺だけのものになったんだって実感するだろうけど、それじゃあはるちゃんは幸せになれないんだろう。

一生手放す気はないので、俺がヤクザだということは墓場まで持っていく秘密になってしまうが、もしバレてしまったとしたら、それこそ縁を切ってもらうことになりかねない。

面倒だから、クリーンな会社でも立ち上げるか。

また宇野が辟易とした表情を浮かべることになるだろうと、少し申し訳なく思いながら、膝に乗せたはるちゃんの背中をやわやわと撫でていると、「あ!」と大きな声をあげてはるちゃんが口を尖らせた。

は?かわいい。何その口。キスしていいんだよね、それ。

もぞもぞと動いてスマホを取り出すはるちゃんに、顔を近づけると、ぐいっと肩を押されて目の前にスマホの画面を差し出された。
キスを邪魔されて残念に思いながら、少し離れて画面を見るとそこには灰皿いっぱいの吸い殻が映し出されている。

これは、今朝までこの目の前のテーブルにあった灰皿だ。
なんでこんな画像があるんだと意味がわからなかったが、すぐに誰が撮ってはるちゃんに送ったのかを理解した。

「・・・宇野から?」
「そうです!もう、吸いすぎちゃダメって言ったのに」
「ごめんね。・・・はるちゃんに会いたくて」
「っ、適量にしてくださいね、本当に」
「うん、もうしない」

ごめんね、ともう一度言ってからぎゅっと抱きしめると、それ以上は何も言われずはるちゃんも俺の背中に腕を回す。
そして俺は、はるちゃんの視界に入らないところで目の前にあったスマホを手に取り、宇野にメッセージを送った。

〈覚悟しとけよ〉

これで、心置きなく新規事業立ち上げに際して宇野をこき使えるな。

すぐに返事が返ってきたようだったが、言い訳不要だとスマホをソファの端に放り投げてはるちゃんの腰に腕を回した。



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