夢 と 現実
02


若から、おそらく昨日の出来事だろう一部始終を聞かされて身体から血の気が引いていく。
そして反射的に寝室のドアを開けた。

そこで、俺は頭の中が真っ白になる。
そこには、はるさんもいなければ、情事を致した形跡もなかった。

勢いよく振り返えって若に目を向けると気まずそうに視線を逸らされる。

まじで、意味がわからない。どういうことだよ。

「意味、わかんないんですけど」

思わず口に出てしまったその言葉に、若がタブレットを差し出してきた。
訳もわからずとりあえず受け取って画面に目を向けるとはるさんとのメッセージのやりとりが表示されている。

〈父に、尋之さんとの交際を打ち明けたら反対されてしまって、思わず怒ってしまいました。もう知りません!〉

まぁ、聞いた話とは少し違ったが、そこまで差はない文章だ。
しかし、そこには先ほど聞いた話とは全く噛み合わないメッセージがもう一件来ていた。

〈一日ずれてしまって、ごめんなさい。今日の15時にはそちらに着きます!早く会いたいです〉

そのメッセージは今日の朝方6時頃に来たものだ。

あれ、はるさんは、昨日の夜に帰ってきたのでは?

思考が停止しかけたが、まさか、と若に視線を向けると、呆れたような顔で溜め息を吐かれた。いや、こっちがする態度だろ、それは。

なんとなく事のあらましを理解した俺を見て、タバコに火をつけた若が眠たげな視線を俺に向けた。

「・・・という、夢を見た」
「でしょうね!!!!!」

思わず大きな声が出た。食い気味にそう返答するのと同時に足の力が抜けてしまい、その場に座り込むとフッと鼻で笑われる。
この野郎、まじで上司じゃなきゃ一発殴ってやるのに。

話を要約すると、昨夜軽く酒を煽って早めに寝てしまい、数時間後に起きてはるさんからの返信を見た。
そして、あまりにも夢と酷似した状況に、正夢になるんじゃないかと酒をバカみたいに飲んでいたところ、朝方にはるさんからの〈会いたいです〉というメッセージを受け取り安心して眠った、という事だろう。全くいい迷惑だ。

これ見よがしに大きく溜め息を吐いてやったが、対して効果はなかったようで、若はスッキリしたとでもいうかのように伸びをして立ち上がった。

「じゃ、シャワーしたらはるちゃん迎えに行くから、家片付けといて」

まるで当たり前のようにそう言い残して風呂場へ消えていった若に、本気で血管が切れそうになる。

「まじで、ほんっとに・・・ああ!やりますよ!やりゃあいんでしょ!?」

ほぼキレながら酒の空き瓶を手に取り、換気のために窓を全開に開け放ち、テーブルの上に置かれた灰皿を見て、思わずニヤリと笑みが溢れる。小さな復讐を思いついた。

まぁ、確実に次に会った時に殴られるか蹴られるかするだろうけどな。

そんなことより、復讐の方が大事だと吸い殻がたっぷり入った灰皿を持ち上げてキッチンのシンクへと向かった。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





シャワーから上がると、丁度宇野が玄関で革靴を履き、鞄を持ち上げたところだった。

「では、帰りますので。あ、換気はしましたけど、気になるようならまた窓開けてください」

若干恨めしそうな声で淡々とそう告げたかと思えば、そそくさと帰っていった。

返事をする暇もなかったので、気にすることなく寝室に行き、適当な柄シャツとゆったりめの黒いパンツを履いて車のキーを胸ポケットに入れる。
そして、はるちゃんが俺らしくて好きだと言っていた香水を少しだけ首元に吹きかける。

一度、仕事が長引いて帰りが遅くなってしまった日に、この香水を枕へ吹きかけて眠っているはるちゃんを見た時は悶絶した。
かわいすぎておかしくなりそうだったと、その時のことを考えながらスマホと財布を持って家を出る。

エレベーターの中で時間を確認すると14時半過ぎだった。
20分もあれば確実に駅には着くだろう。

はるちゃんからのメッセージを思い出し、鼻歌を歌いながら車を走らせる。宇野が見たら、心底気味が悪いと言った表情を浮かべそうだ。


そして、5分前には駅に着いたが、祝日で待ち合わせだろう奴らが溢れかえっている中に、待ち侘びていた人を見つけてすぐそばに車を停める。

近くでエンジン音がしたからだろう、多くの人が振り返る中、はるちゃんも同じようにこちらを見て、その顔に満面の笑みを浮かべた。
3日ぶりに見たそれに、我慢が効かなくなりそうだと生唾を飲み込んでから笑顔で手を振り、重そうなキャリーバッグを引いているのを見て車から降りると、はるちゃんが嬉しそうに言った。

「尋之さん!ただいま!」
「うん、はるちゃんおかえり〜」

ああ、なんでそんなに可愛い顔で笑うのか。
抱きしめてしまいそうになるのを堪えて、バッグを受け取りトランクを開ける。
どこかそわそわとしながら、「ありがとうございます」と言うはるちゃんに、ポンと頭に手を乗せて返事をしてバッグを車に積む。

するとトランクを閉めたところで、シャツの裾が何かに引っ張られるのを感じた。
視線を向けると、はるちゃんが恥ずかしそうに視線を逸らしていて、その手にはシャツが軽く握られている。

え、え?可愛い。ここ外なんだけど、抱きしめていいってこと?

動きが止まった俺に、何を思ったのかはるちゃんは顔を赤くして俺の耳元に口を寄せた。

「あの、ほんとはぎゅっとしたいんですけど、外なので・・・」
「あ、あぁ・・・うん」

もう外だとか、関係ないんじゃないかな。そう口走ってしまいそうになったのを咳払いで押し留めて、はるちゃんに車に乗るように促す。

正直、誰に見られていたって俺は気にしないが、はるちゃんはそうもいかないのだろう。
シャツを握るだけでこんなに顔を赤く染めるくらいだ。こんな白昼堂々人が集まる中で、抱擁してキスなんてした日には1ヶ月くらい口を聞いてもらえなさそうだ。

助手席に乗り込んだはるちゃんは、自分のとった行動が恥ずかしかったのか、シートベルトをしたきり俯いたままだ。

とりあえず、と車を発進させて、少し先の赤信号で停まったのをいいことに、膝の上でぎゅっと握られたままのはるちゃんの手に自分の手を重ねた。

ビクッと体を跳ねさせたはるちゃんに小さく笑って、指を一本ずつなぞる。それに勢いよくこちらに顔を向けたはるちゃんへ、目で手を繋ぎたいと訴えれば、ゆっくりと手の力が抜け、スルッと指が絡まり合う。

それを自分の脚の上に引いて、親指で手の甲をさすると、はるちゃんの息を呑む音が聞こえた。

言葉などいらない。どれだけはるちゃんを大切に思っているか、思い知ってくれ。そんなことを思いながら、信号が青に変わったので車を発進させながら、掴んだ手にキスを落とす。

視線は向けていないが、多分、はるちゃんの顔は真っ赤になっているだろう。
早く帰らないと、俺が持たないな。

フッと漏れてしまった笑みに、はるちゃんの身体が強張ったのが、握った手から伝わってきた。



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