夢 と 現実
01


ああ、今度は一体なんだっていうんだ。

14時過ぎにいつも通り起床しているかの電話をかけたが、一向に出ることがない若に、もしかしたら体調でも崩しているのではないかと自宅に向かい、リビングへ足を踏み入れたと同時に絶句した。

ローテーブルには度数の高い酒の空き瓶が転がり、その横にある灰皿には例の如く吸い殻が溢れ返っている。
そして、ソファにだらしなく寝転んだ若は腕で顔を覆って微動だにしない。

はるさんが来るからと自宅での喫煙は控えていると思っていたのになんだこのザマは。
決して口にはしないが、おそらく表情には出てしまっているだろうことは承知の上で、小さく溜め息を吐く。

そこで、ふと最悪の事態が頭をよぎる。

はるさんは確か、この連休を利用して実家に帰ると言っていた。そして、昨日の夜に帰って来る予定だったはず。

3日前には笑顔で「尋之さんをよろしくお願いします」と言っていだのだが、もしかしたら、二人の間に何かあったのかもしれない。

音を立てないよう静かに足を一歩踏み出したが、少しの気配でも感じ取ったのか、若が勢いよく起き上がってこちらに目を向けた。その瞳は、おそらく期待していた人ではなかったからであろう絶望感に染まっていて、これは、本格的にやばいかもしれないと、無意識に大きく唾を飲み込んだ。

「あの・・・」
「・・・あぁ」
「えっと、何か、ありましたか」
「・・・いや」

いやいや、何もなくこんなことになるはずがないだろう。
まさか本当に、別れたりしたのか。いや、だとしたら若は家でじっとなんてしていないだろう。

見るからにおかしい若に、いい加減にしてくれと細めた目で訴えると、諦めたように首を振って口を開いた。





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「GW、一度実家に帰ろうと思ってます」

いつも通り仕事終わりに車で自宅に連れ帰り、事を終えたベッドの上で俺の腕の中にいるはるちゃんが、笑顔でそう言った。
まぁ、ヤクザにGWなんて存在しないし、付き合って初めての年末年始なのにと駄々をこねた俺のわがままを聞いたせいで実家に帰れていなかったのをわかっていたので、渋々了承をした。

土産は何がいいか、弟たちも予定を合わせてくれていて姪っ子にも会える、など嬉しそうに話すはるちゃんが可愛くて、ああ、帰らせたくない、ずっと腕の中に閉じ込めておきたい、なんて、笑顔で話に相槌を打ちながら、そんなことを考えていた。


そして、GW初日。
駅まで車で送り、人目もあるので軽い抱擁で少しの別れを惜しんではるちゃんを見送る。
2泊して来ると言っていたので、帰りは迎えに行くから連絡をしてくれと言えば、申し訳なさそうに眉を下げて、しかし、どこか照れ臭そうな顔でうなずいていた。


はるちゃんを正式に手に入れてから、もう一年半が経っていた。

職場環境も改善され、健康的な見た目に戻ったはるちゃんは、誰がどう見ても魅力的だ。
どうか、俺の目に見えないところで悪い虫がつかないでくれ。

しばらくハンドルに額をつけて、そう願っていたが、仕事の時間まで迫っていたのを思い出しようやく車を発進させた。


そして、はるちゃんが帰って来る予定だった日の夕方。
何時に着く予定だという連絡が来るはずだった電話は、申し訳なさそうなはるちゃんの声で終わった。

どうやら、新幹線の切符を確認したところ、日付を間違えていたらしい。
それを家族に話したところ、それならばもう1泊して行けと言われてそうすることにしたという報告だった。

仕事始めには影響はないが、迎えに行くと言った俺に申し訳なく思ったのだろう、そこまで落ち込むことはないというのに若干涙声のように聞こえた「ごめんなさい」という言葉に違和感を覚えたが、気にしないで、という言葉だけで電話を終えた。

一体何があったんだと、問い詰めたい気持ちもあったが、周りに家族がいるとしたら気まずい思いをさせてしまうと踏みとどまった。


その日の夜、はるちゃんが帰って来るからと、夕方以降に仕事を入れていなかった俺は、自宅で軽く酒を飲んでから珍しく日付が跨ぐ前にベッドに横になる。
電話を終えてすぐに送った〈大丈夫?〉というメッセージに返信はなく、若干不貞腐れたような気持ちだった。

そして、ほんの少しだけ回っている酒に任せるがまま瞼を下ろせば、日頃の不規則な生活が祟ったのかすぐに意識が微睡んでいった。





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どれほど時間が経っただろうか。

変な時間に目が覚めてしまった。窓の外はまだ暗いままだ。いつの間に降り始めたのか、雨が窓に激しく打ちつけている。
枕元に置いたタブレットを癖で手に取ると、はるちゃんからの返信が来ていた。時間を見れば深夜の3時で、返信は2時間ほど前に来ていた。

まだはっきりとしない思考のままタップしてメッセージを開く。その内容に、一気に血の気が引いた。

〈父に、男性との交際を打ち明けたらケンカしてしまいました〉

短く、簡潔なその文章から、電話で涙声だった原因は容易く理解できた。
それと同時に、会ったこともないはるちゃんの父親に怒りが込み上げてくる。

そんな父親、放っておけ。縁など切ってしまえ。

本人には絶対に言えないようなことが頭の中を駆け巡る。
はるちゃんが家族を大切にしていることは、日頃の言葉から感じ取れていた。しかし、もう俺さえいればいいじゃないかと思ってしまった。

グッとタブレットを握り込むとミシッと音がしてディスプレイの表示が歪む。

もし、はるちゃんが家族との関係の方が大事だと言って、俺に別れを告げてきたらどうしようか。


しばらくベッドの上で考えていると、玄関からガチャっと音がした。
こんな時間に誰だ、と、素早くベッドから降りて寝室からリビングに向かうと、そこには全身を雨で濡らしたはるちゃんが立っていた。

今日は帰って来れないと言ってたはずなのに。

一瞬驚いて固まってしまったが、帰ってきてくれたことが嬉しくて笑みを浮かべようとした表情筋は、はるちゃんの表情を見た途端固まってしまった。

辛そうに歪んだ顔に、明らかに雨ではない水滴が目元から止めどなく流れている。

「はる、ちゃん?」

腕を伸ばしてそう呼びかけると、びくりと肩を揺らして一歩後ろに下がってしまう。
そして、弱々しく首を振って俯く。

その仕草に、ドクン、と胸が大きく打った。
そこで、最悪の考えが浮かぶ。もし、さっき考えていたことが現実になってしまったとしたら。

ふざけるな。逃がさないと言ったはずだ。

次は逃すもんかと、掴みかかるように濡れた両肩を捕まえれば、ハッとしたようにはるちゃんは顔を上げた。

「っ、あ・・・尋、之さん」
「ねぇ、なんで逃げるの」
「あの、その」
「なに?父親に認めてもらえなかったからって、別れようって言うつもり?」
「あ、や、そう、じゃなくって」

しどろもどろに応えるはるちゃんに苛立ちを隠そうともせず、掴んだ手に力を込めると痛そうに顔が歪む。
しかし、その痛みを受けて何か腹を括ったような目をしたはるちゃんは、涙を流しながらも強い視線を俺に向けてきた。

「尋之さんにとって、俺は、足手まといになる」
「・・・は?」
「父に、相手の将来のことも考えろと言われて、その、子供も作れない、ですし」
「いや、なにそれ」
「俺なんかに、尋之さんはもったいない、です」

ハラハラと涙を流しながらそんなことを言うはるちゃんに、いい加減にしろと睨みを効かせばビクッと身体を揺らしてまた俯いて黙り込んだ。

意味が、わからない。なんだって言うんだ。もったいない?なんで、そんなことを他人に決めつけられなければならないんだ。それが、例えはるちゃんであっても。

思わず張り上げて反論してしまいそうになった口を閉じて、はるちゃんの顔を無理矢理上に向かせる。

グッと唇をかみしめて、目を閉じたその表情にいよいよ耐えきれず、無理矢理腕を引いて寝室に引き摺り込んでベッドに放り投げる。

「逃がしてあげられないって言ったよね」
「で、も」
「・・・いいよ、そんなくだらないこと考えられないようにしてあげる」
「あ、や、ごめんなさい、っ、ごめんなさい・・・」
「っ、謝るくらいなら、最初からそんなこと言うんじゃねえよ!」

今まで一度も、こんな乱暴な言葉をはるちゃんに吐いたことはなかった。
それでも、怯えた表情を見ても、もう俺は止まる術を知らなかった。

謝り続けるはるちゃんに、まるで何も感情がないような愛撫をしていくが、全く気持ちは昂らない。

結局こうなってしまうんだな、と、不自然に歪んでいく口元に考えることをやめた。



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