お酒 と ギャップ萌え
02
「・・・何で和装なんだよ」
目の前で黒地に刺繍が施されている見るからに高そうな着物を持った宇野を睨む。
他の組員であれば確実に怯むというのに、長年側に置いているせいでこいつはどこ吹く風だとなにも感じていない。
「オヤジの命令なので!黙ってきてください。ほら、写真撮ってはるさんに送ったら喜ぶんじゃないですかね?」
「・・・はるって呼ぶんじゃねぇ」
一瞬、確かにその通りだと考えてしまった自分が悔しい。はるちゃんのことを知ってから、俺を説得したい場面でここぞとばかりに宇野が出してくる名前は確かに効力がある。
はるちゃんが実際に目の前にいるというのなら喜んで着るが、実際は無駄に元気なジジイどもを相手にするだけだ。
まぁ、中には年頃の女を嫁にでもと押し付けるように連れてくる奴もいるだろうが、そこは人様には言えない過去のおかげで、俺に寄ってくることはないだろう。
宇野が深い溜め息を吐いて、着物を床で畳んだ。着付けもできるというからこいつの才能は計り知れない。まぁ、それも全部俺のせいらしいのだが。
「とりあえず!2時間後には始まるんですから、最低でも1時間前にはこの部屋いてくださいよ!間違ってもはるさんのところ行こうなんて考えないでくださいね?っていうか、ほんとサボろうとしてたとか信じられない。ありえない。俺がはるさんに言わなかったらどうなってたことか!!恐ろしい・・・」
ブツブツと文句を垂れ流す宇野に、とりあえず、2回もはるちゃんの名前を呼んだ制裁として脛を2回蹴った。
「いっ!!なんですか!もう・・・俺転職したい・・・」
「おー、さっさとしろよ」
「っはー・・・とか言って、いなくなったら泣くくせにー」
「あ?」
蹴られ足りなかったのかと脚を軽く上げると、宇野は逃げるように部屋を出て行った。
まぁ、確かに、宇野がいないと俺は身の回りことがままならないのは言えている。しかし、それを本人に言われるのは心底腹が立つ。
面倒な宴会をどう乗り切ろうかと縁側で胡座をかいてタバコを吸っていると、庭の正門がある方から雅修がやってきた。
「兄ちゃん!ただいま!」
「おー、おかえり〜」
タバコを消して声を掛ける。今年の春に中学生になった雅修は真っ白なYシャツの袖を捲り上げて首にはタオルを巻いていた。
「部活だったの?」
「うん!もう全然うまくできなくてさー」
「まぁ、まだ半年も経ってないしね〜」
「背も伸びないし!どうやったら兄ちゃんくらいになんの?」
「あー・・・よく寝る?とか?」
隣に腰掛けた雅修は足をプラプラと揺らして口を尖らせる。
まぁ、もうすでに165cm近く身長はある様だし、決して小さくはないんだろうが、如何せん周りの大人がでかい。ようやく自分の母親と同じくらいになってきたと内心焦っているのだろうが、まだまだ伸び代はある。
「クラスじゃ大きい方だろ?」
「そうだけどさ〜、やっぱ兄ちゃんくらいになりたい」
「そっか」
可愛い悩みをいつまでも聞いていてやりたいが、そろそろ雅修は明恵さんの実家に行く支度をしなくてはならない。
俺自身もそうだったが、16、高校に上がるまでは集まりがある日に別邸や祖父母の家へ預けられる。ほぼ無いに等しいが、万が一敵対している奴らが好機だと乗り込んできた時に、悪く言ってしまえば足手纏いになるからだ。
15になった時に組について色々と叩き込まれたのは苦い思い出だ。
一年かけて使い物になるようにと組について教え込まれるのだが、それを無駄に反抗して逃げ出してはおっさんどもに殴られていた。あの頃は家に帰らないのは当たり前で、女の家を渡り歩いていた気もする。絶対にはるちゃんには知られたくない過去の一つだ。
まぁ、雅修はそんな風にはならないだろう。
タオルで汗を拭っている雅修の頭をわしゃわしゃと撫でると、恥ずかしそうに手を跳ね除けられた。小学校での運動会で抱きついてきていたのが懐かしい。
面白くて何度か手を伸ばし、それを嫌そうに拒まれる、というのを何度か繰り返していると明恵さんが廊下へ顔を出した。
「雅修。そろそろ準備しなさい」
「あ、はーい」
明恵さんのいうことはよく聞くというのは健在だ。スッと立ち上がった雅修はお返しだと言わんばかりに、去り際、俺の頭を両手でぐしゃぐしゃにして笑いながら部屋へ向かった。
「・・・はは」
セットもなにもしていなかった髪を適当に手櫛で整えて、再びタバコに火をつける。
「あー・・・はるちゃんに会いたい」
煙と共に自然と漏れてしまった声が、風に乗って届けばいいと、柄にもないことを考えて嘲笑を浮かべた。
それから、きっかり1時間前に部屋へやってきた宇野に着付けをされた。
着付けをした後にどうせグダグダ横になるだろうと、俺の行動を理解しきっている宇野がキツめに締めたせいで、ただでさえ動きづらいというのに更に着物が嫌いになった。
「ほら!あと10分ですよ!もう集まってきてますから!」
「あー・・・めんどくせぇ」
「オヤジもそろそろ入りますから!それより絶対先にですよ」
「ん」
背中を押されて宴会場に入るとむさ苦しい空気が充満している。
眉を顰める俺に、次々と挨拶をしてくる奴らを適当にあしらって席に着くと、待ってましたと言わんばかりに酌をする女が寄ってきた。外部から毎回呼ばれる彼女らは、俺のことを知らないのでこの中では若い男だというだけで気に入られようとしているのだろう。
それをハラハラとした表情で後ろに控えた宇野が見てきたので鼻で笑ってやる。
流石に俺だってこんな場所で空気を悪くする様なことはしない。
「どうも」
適当に笑ってグラスを傾ける。うっすらと頬を染めた女はビールを注いでサッと下がっていった。
それから親父が入ってきて、いつも通りの能書きをたれ、ようやく宴会が始まる。
最初こそ各々の席で乾杯をしたが、5分もすれば席など関係なくしっちゃかめっちゃかに集まっている。
真剣な話し合いをしている奴らもいれば、どこの飯がうまいだの、あの店の女がいいだのくだらない話で盛り上がっている奴もいる。
一人席を動かずに酒を呷っていた俺に、親父が痺れを切らしたように顎でしゃくって挨拶へいけと促してきた。
それに首を横に振って断ると呆れた視線を向けられたが、そんなことはどうでもいい。
「おー!尋之!飲んでるか!」
ほらな、どうせ面倒なおっさんどもは勝手に話しかけてくるんだ。
「あぁ、どうも。お元気でしたか?」
「おうよ。そういやお前、最近イロができたって聞いたが、本当か〜?」
「・・・え?」
「ありゃ、ダメな話題だったか?」
戯けた様な顔で笑うこのおっさんは、かなりの古株で昔それなりに世話になった手前強く言えない。否定したところでしつこく聞いてきそうだと諦めて口を開く。
「あー、はい。できましたね」
「おお!ようやく一人前になったか坊主!」
「その坊主ってのやめてくださいよ・・・俺もういい歳なんで」
「なに言ってんだよ!お前なんかまだまだちびっ子だろうが」
ガハハ、と豪快に笑って焼酎の入ったグラスを空にしたおっさんは楽しそうに俺の肩に手を回す。こういったノリが嫌いで組の宴会は重要なもの以外参加していないというのに。
適当に愛想笑いを返すと、興味を持ってしまったらしいおっさんが質問を投げかけてきた。
「どんなだ?美人か?」
「ええ、美人です」
「ほー。やっぱ親父さんと趣味似てんなぁ」
「いや・・・まぁ、そうですね」
「なんだよ、言いたくねえほど惚れてんのか!」
言い淀んだ俺を見て勝手に解釈したらしいおっさんはまた大声で笑う。もう助けてくれと宇野に視線をやるが、そろりと逸らされた。絶対に後で蹴りを入れてやろう。
心を読んだのか、ぎこちない笑みを浮かべた宇野はサッと宴会場から出ていった。
しばらくして飽きてくれたらしいおっさんが別のところへ移動すると今度は記憶にない若めの、といっても40半ばの男が20代の女を連れてやってきた。
「どうも、藩大さん」
「・・・どーも」
「いえね、先程のお話を少し聞かせていただきまして」
ニタリと笑った男の顔に、なにをいうのか想像がついて深い溜め息が出た。あのおっさんが馬鹿でかい声で話したせいで筒抜けだったのだろう。
「あぁ、そうですか」
「もしよろしければ、こちらうちの娘なのですが・・・」
そう言って横にいた女の背中に手を回した男に、女はスッと頭を下げる。決して悪くはないが、はるちゃん以外のやつに全く興味がない俺は適当に頷いて酒を呷った。
もう面倒だから、今俺が抱きたいのは20代後半の笑顔が可愛いスーツ姿の男だと言ってやろうかと思ったところで、袖に入れていたスマホが震えた。
今日は仕事に関する連絡を宇野に回す様に伝えていたはずだ。だとすれば、俺に連絡してくるのはただ一人だけだ。
目の前で口を開こうとした男を手で制して、メッセージを開けば、やはりはるちゃんからだった。
〈お疲れ様です。今日、俺も飲み会になりました。もしあれだったら自分の家に帰りますが、疲れてないですか?〉
はるちゃんも飲み会なのか。どうせなら俺もそっちに参加したい。いや、それよりも自分の家に帰るだと?
たったの2文に一気に思考が巡る。
面倒な奴らを相手にして疲れているからこそ、はるちゃんに会って癒されたいというのに。
グッとスマホを握り込んだ俺になにを思ったのか、焦ったように離れていった男と女をチラリと見てまた視線を画面に戻す。
なんと返信をしようかと、そばにあった日本酒を適当に注いで一気に呑み、勢いのまま打った文章は嫌味ったらしく、こんなんじゃダメだと削除してまた酒を呑んだ。
それを5回ほど繰り返したところで、いきなり頭がぐわんと揺れる。手当たり次第に飲んでいたからか、変に酔いが回ってしまったらしい。
吐き気はしないが、少し夜風に当たろうと部屋を出て少し離れた縁側へ腰掛ける。
「あー・・・なんて返す・・・」
誰に聞いて欲しいでもなく、ぽそりと呟くが、答えは出ない。
とりあえずタバコに火をつけて一口吸い込んだところで、思いつく。そうか、電話をしてしまえばいい。
電話をかけると、少しして俺を魅了して止まない可愛い声が耳元をくすぐった。
酔ってますね、と笑い混じりに言ったはるちゃんに自然と口角が上がる。
メッセージへの返事を口頭で伝え、ふと、まだ名前を呼ばれていないことに気がついた。
〈えっ、あ・・・その・・・。・・・さっきまで、席にいたので・・・〉
なにやらガタガタと聞こえたかと思えば、急いで席を離れたらしく、少し上擦った声で答えたはるちゃんに意地悪くも短い返事だけを返す。
さぁ、はやく呼んで、と、無言で促すと耳元で小さく息を吸う音が聞こえた。
〈尋之、さん。会いたいです・・・あっ〉
思わず言ってしまった、というその言葉に、勢いよく立ち上がった俺は酔っていたのを忘れていて、よろけて盛大に縁側から転げ落ちた。あまりの衝撃に手から離れたスマホから聞こえるはるちゃんの焦った声へ反応できずにいると、遠くで見ていたのか宇野とケンゴが駆け寄ってくる。
「うっわ!若なにしてんすか!」
小言を吐きながら俺を支えて立ち上がらせた宇野がスマホを拾い、画面を見てギョッとする。
「会えないからってやけ酒ですか?ほどほどにしてくださいよ・・・」
呆れた顔で手渡されたスマホを奪い取り、さっさとどっかに行けと手で払うと溜め息を吐いて戻っていった。
軽く深呼吸をしてスマホを耳に当てる。
「・・・はる」
名前を呼び、息を飲んだ音を感じ取って口端が釣り上がる。
「そんなこと、今言うなんて悪い子だね。・・・後30分くらいで出れるから、タクシーで俺の家おいで」
はやく、はやく抱きたい。酔って理性を無くした俺は、今はもうそれしか考えられなかった。
気圧されたように返事をしたはるちゃんに「あとでね」と言って電話を切った俺は、一度宴会場に戻り、親父に帰ることを伝えに行った。
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