お酒 と ギャップ萌え
01



「はるちゃ、ん」

普段と比べて何倍も熱を持った手で脚の付け根を撫でた尋之さんは、ポツリとそう呟いて動きを止めた。
寝巻き用のダボついたトレーナーを首元まで捲り上げられ、仰向けで腰を浮かせた恥ずかしい体勢を何とか耐えていた俺は不思議に思い、逸らしていた視線を尋之さんに向ける。

「どうしました?」

愛撫は充分すぎるほどしてくれたし、もう、入れてくれて構わないんだけど。
声を掛けても俯いたまま動かない尋之さんにそっと手を伸ばすと、ビクリと肩を揺らしてようやく顔を上げてくれた。

なぜか、その目にはうっすらと涙が溜まっていた。





6時間前。

金曜日である今日は、珍しくいつもより仕事が早く片付いたので会社の人たちに飲みに誘われた。
尋之さんは仕事の集まりがあると言っていたので、予定がなかった俺はすぐに首を縦に振る。

「今日は男だけの飲み会ですから!」
「俺、今日だけは許してくれって嫁に頼んだわ」

後輩の矢島と山下先輩がテンション高くそう言った。
他にも2人ほど別の部署から来るらしいが、先に俺たちだけで向かおうと会社を後にする。

駅前に新しくできた、半個室の居酒屋でまずはビールだと席に着いて早々に3杯頼んだ山下先輩が、椅子に腰かけたと同時にニヤリと笑いながら口を開く。

「そういえば晴海、安藤とどうなったんだ?」
「え?」

突然投げかけられた質問に何のことだか全く分からず惚けていると、俺の横に座った矢島がわざとらしく額に手を当てて溜め息を吐いた。

「まじですか、先輩。あんなにアピールされてたってのに」
「安藤報われねえなぁ」

2人にジトッとした視線を向けられても、何を言っているのか分からない俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「安藤さんとは、別に普通に話してますよ・・・?」
「あー、だからよー」
「まぁまぁ。山下先輩から言うべきことじゃないですって」
「だってよー・・・まぁ、そうか」

勝手に解決したらしい2人は適当に頷き、タイミング良く来たビールにもう先程の話はどうでもよくなったらしい。
お疲れ様です、と乾杯をして冷えたジョッキに口を付ける。真夏に比べて少し風は冷えてきたが、まだまだ美味しい季節だと一気に3分の1以上を飲むと、矢島が口を尖らせてこちらを見ていた。

「晴海先輩って、酒強いですよねー」
「あー・・・父親が九州の方で。受け継いでるみたいなんだよね」
「顔に似合わずって感じだよな」
「あ、山下先輩もわかってくれます?なんか、ギャップずるいっすよねー」
「はは、見た目が軟弱ってこと?」

ん?と、わざとらしく首を傾げて矢島にそう言うと、なぜか頬を赤くした矢島に、あはは、とごまかし笑いを返された。

「あー・・・というか、もしかして晴海先輩って、彼女います?」
「え、あ、彼女?」
「あーあ、矢島ついに聞いたな」

唐突に聞いてきた矢島に驚いていると、正面に座る山下先輩が頬杖をついておしぼりをいじる。

「それ聞いたら、もう望みなくなるじゃねえか」
「山下先輩は楽しみすぎですって!はっきりした方がいいでしょ!」
「えっと・・・?」
「それで!いるんですか?」

横からはどこか懇願するような目を、正面からは心底残念そうな目を向けられた俺は、少し温くなったジョッキを意味もなく握る。
別に、尋之さんとの関係を隠したいと思っているわけではないが、公にできるような職業じゃないし、ましてや同僚にいきなり男と付き合っているとカミングアウトする勇気もなかったので、照れ笑いに見えればいいと愛想笑いを浮かべた。

「その、うん。恋人は、います」
「っかー!やっぱりな!ほら!だから言ったじゃねえか」
「あー・・・でっすよねー・・・」
「え、なんで?いたらダメだった?」
「いや、悪いことなんてないですけど!あー!もどかしい!!」

いきなり大声を出した2人は、同時と言っていいほど息ぴったりにジョッキを呷った。
ジョッキを強めにテーブルに置き、どこか吹っ切れたような表情を浮かべたと思えば、店で席に案内された時と同じようなニヤリとした笑みを浮かべた山下先輩がグイッと身を乗り出して口開いた。

「どんなタイプだ?可愛い系?美人系?」
「あ、えっと・・・美人系・・・?」
「まじかよ!意外だわ」
「え、え、美人系ってことは背は高いですか?職業は?てか、いっつも帰るの早いですけど、もしかして同棲してます!?」

ここぞとばかりに質問をされて狼狽える俺にキラキラとした眼差しを向ける矢島が、何だか少し宇野さんに似ている。もちろん、俺はそんな態度を取ったことはないが、尋之さんはなんだかんだ宇野さんを後輩として可愛がっているから、それが重なって見えるのかもしれない。

フッ、と漏れた笑いを隠さずに矢島へ視線を向けると、なぜか顔を赤くして口をパクパクと開閉している。
いきなりどうしたんだと声をかける前に、頭に両手を当ててせっかく綺麗にセットしていた髪をぐしゃぐしゃとかき回した矢島が大きめの声で言った。

「うわー!!大人な恋愛なんだ!!アダルト・・・」
「ア、アダルト?」
「あーあ、矢島みたいなお子様には刺激強かったなー?」

テーブルに突っ伏してしまった矢島の頭をおしぼりでペシペシと叩いて楽しそうに笑う山下先輩に、視線を向けると軽く溜め息を吐いてまた一口ビールを飲んだ。
もう少しでなくなりそうだと、呼び出しボタンを押したところで、ようやく山下先輩は口を開く。

「晴海ってさ、もうウチの部署では当たり前だけど、話題の中心なわけだよ。小金井はもちろん、俺らのことを救ってくれたわけで、感謝してもしきれないってくらいだしな。んで、まぁ、そんな奴に少なからず惚れてる人もいるわけで、自然とお前の恋愛の話は盛り上がるんだよなぁ。さらには、毎日毎日誰かと約束でもあるのか早く帰ってくから、ああこりゃ、恋人でも何でもいるな、と。その話でもちきりだったんだよ」

聞かされた内容に、頬が熱くなったのを感じて手で摩って誤魔化していると、横から矢島が割り込んでくる。

「そうですよ!ほんと、もう営業部の女子とかまで、晴海さんってどんな人って聞いてくるんですから!それに対して俺は朗らかでいい人、柔っこい感じ、なんて返してたのに・・・蓋を開いてみたら、アダルト・・・」
「ははは、そのアダルトって、なに?」
「だってー!さっきの笑みはもうなんか、そんなこと気にするなんて、お・こ・さ・ま。みたいな感じでしたよ!」
「あぁ・・・そんなつもりなかったんだけど、ごめんね」

馬鹿にしているような態度を取ってしまったのだろうかと軽く頭を下げてそういうと矢島はあたふたとしながら「いやいや!やめてくださいよ〜」と半泣きのような声で言ってくれた。
尋之さんがたまに宇野さんに対して向ける笑みだったとしたら確実に馬鹿にしたような表情だし、もしかしたらその顔が移ってしまったのかもしれないと内心照れくささと呆れがぐるぐると回る。

あぁ、会社の人と飲んでいたって尋之さんのことを考えてしまう俺はどこまで彼のことを好きになってしまうんだろう。

また自然と漏れた笑みを矢島に見られてしまい、その後「アダルトだぁ〜」と5回ほど言われたところで別部署の2人が合流して再度乾杯の音頭を山下先輩がとった。

それから、騒がしい矢島を宥めつつ酒は進み、山下先輩の顔が真っ赤になってきたところでふと思い出す。

そういえば、集まり、とは言っていたものの向こうも本家に人が集まって宴会の様なものを行うだけだと尋之さんが言っていた。一応、この飲み会が終われば尋之さんの家に向かう予定にはなっているが、もし疲れている様なら明日改めて向かう方がいいかもしれない。

スマホを取り出して、最近ようやく使い始めたメッセージアプリを開き、尋之さんの名前をタップする。

〈お疲れ様です。今日、俺も飲み会になりました。もしあれだったら自分の家に帰りますが、疲れてないですか?〉

うん、これなら無難だと、打ち込んだ内容を確認してから送付する。そして流れで時間を確認すると10時半と表示されていて、もうそんなに時間がたっていたのかと驚く。4時間近く飲んでいてもそこまで酔っていない自分にここまで酒が強かった記憶がないと考えてみたが、おそらく、勤務時間が普通の会社と同じ様になり、体力が戻ってきたからだと納得した。

学生の頃はまだ慣れていなくて何度か寝てしまったこともあった気がするが、基本的には周りが潰れても自分だけが元気だと言う状況が少なくなかった。

案の定、横に座る矢島は捲ったYシャツから出る腕すらも真っ赤にして、それでも楽しげに話していた。
後から来た2人は営業部らしく、さすがというかまだまだ飲めると言った雰囲気だ。

「はるみ、せんぱーい」
「うん?」
「ほんっとーに、いるんすよね」
「ん?あ、恋人?いるよ?」
「あああ〜、安藤先輩ごめんなさい・・・」
「なんで安藤さん・・・?」

酔っ払ってモゴモゴと話す矢島に顔を近づけて聞き取ろうとしたが、俺と矢島の間におしぼりが勢いよく飛んできた。というか、矢島の頭に当たった。

「矢島ぁ、もうその話やめとけっての!って、お前が言ってただろーが」
「だぁってぇ〜」
「ガキかお前は」
「晴海先輩〜、山下先輩がいじめてくるんすけどぉ〜」
「あはは・・・」

へべれけ2人を何とか宥めている俺へ、憐れんだ視線を向けてきた他の2人に苦笑いを返したところで、テーブルの端に置いていたスマホが光った。尋之さんからの返信だろうかと横目に確認すると何と着信だった。慌てて手に取って椅子から立ち上がろうとした俺の腰に、矢島の腕が巻きついている。

早く出ないと、切れるかもしれないのに。

どうしようかと思考を巡らせてみたが、それなりに飲んでいた俺は酔っていないわけではないので、もうどうにでもなれと諦めてその場で電話に出た。

「も、しもし、お疲れ様です」
〈あぁ〜、はるちゃんだぁ〜〉
「うん、俺です・・・結構酔ってますね?」
〈ん〜そうかもしれないねぇ〉

ふふふ、といつもより浮ついた声で笑った尋之さんの声の後ろで、野太い笑い声がいくつも聞こえる。どうやら宴会はまだ終わっていないらしい。

「あ、送ったの、読んでくれましたか?」
〈うん〜読んだよ〜。寂しいこと言うからさぁ、電話しちゃった〉
「え、え?」
〈会いたいの我慢してるんだから〜・・・絶対、来て。ね?わかった?〉
「あ、はい・・・」

ふわふわしていると思いきや、いきなりトーンダウンした声色に背筋がゾクッとする。
普段は緩い話し方なのに、こうやって使い分けてくるからタチが悪い。

〈そういえば〜、まだ一回もはるちゃんの可愛い声で『尋之さん』って呼んでくれてないね?〉
「えっ、あ・・・その・・・」

電話をしている俺に興味がある様には思えないが、人がいるこの空間で尋之さんの名前を口にするのは恥ずかしさから抵抗がある。慌てて矢島の腕をぐいぐいと押し剥がして、ようやく店の外に出ることができた。

「さっきまで、席にいたので・・・」

言い訳を呟くと、尋之さんは〈ん〉とだけ返事をした。何も言わないと言うことは、さっき言っていた言葉を待っているんだろう。それにしたって、名前を呼んでくれと改めて言われると無性に恥ずかしい。

耳元では、タバコを吸っているのか時折小さく息を吐き出す音が聞こえてくる。
それに、この音なら一生聴いていられる、と、恥ずかしいことを考えてしまって、熱い顔を手で扇ぐ。

このままじゃ、尋之さんの宴会が終わるまで電話を切ってもらえなさそうだと、軽く息を吸う。

「尋之、さん。会いたいです」

ただ名前を呼ぶだけだったはずが、つい口から出てしまった言葉に「あっ」と口を押さえると同時に、ガタンッと耳元で何かが倒れた様な大きな音が聞こえた。

「え!え、あ、だ、大丈夫ですか!?」

突然大きな声を出した俺に、通行人がギョッとした視線を向けてくるが、そんなものはどうだっていい。
だって、尋之さんが今いる場所が場所だ。争い事が起こるのなんて日常茶飯事だろう。

バクバクとうるさい心臓のせいで何かの声を聞き漏らしてしまうかもしれないと、ぎゅっとスマホを耳に押し付けると、ようやく人の声が聞こえた。

〈うっわ!若なにしてんすか!〉
〈若!大丈夫ですか!〉
〈縁側踏み外してもしたんですかって、うわ!焦げてる!その着物高いって言ったのに!!〉

よくよく聞いてみれば、聞き馴染みのある声は宇野さんのものだった。相変わらずテンションが高い。
とりあえず大事ではなさそうだとホッと胸を撫で下ろしたところで、耳元で熱のこもった吐息が聞こえた。

〈・・・はる〉
「っ!」

ここ最近、ベッドの上で呼ばれる様になった愛称に息が詰まる。
後ろで宇野さんが何か言っているが、全く耳に入ってこない。

〈そんなこと、今言うなんて悪い子だね〉
「えっと・・・あの・・・」
〈後30分くらいで出れるから、タクシーで俺の家おいで〉
「は、はい」
〈じゃあ・・・あとでね〉

プツッと切れた通話に、ゆっくりとスマホを耳から離す。

そして、なぜかジンジンと熱を持ったままの片耳を手で隠して、もう帰ると伝えに行くために店の中に戻った。




[ 20/27 ]
    

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