必要な嘘 と 不要な迷い
03


年甲斐もなく盛ってしまったせいで、ぐったりと眠る彼に苦笑が漏れる。
まさか、彼が誘いの言葉を口にするとは思ってもいなかった。

からかい半分、下心半分で一緒に風呂に入ろうと誘ったのは俺自身だし後悔はしていないが、湿っていてひんやりするベッドと浴室から続く水溜りにぐしゃぐしゃと頭を掻いた。

事が終わると同時に寝息を立て始めた彼の身体を風呂場で綺麗にして寝巻きを着せ、風邪をひいてはいけないと、フローリングに厚手の掛け布団を敷き、ブランケットを丸めた枕で眠らせた。平日でも時間が合えばお互いの家で泊まることが多いので癖になっているのか、はるちゃんは、右側にスペースを開けている。

タバコを吸おうと、ベランダを開けると薄曇りの空は完全に明るくなっていた。スマホを開くともう6時を回っていて、本当に性を覚えたてのガキみたいにヤってしまったと実感する。

ゆっくりと煙を吸い込むと、少し頭がすっきりした。専ら夜行性だった俺は、いつの間にか、彼の生活リズムに合わせるようになり、夜更かしが辛いと感じるようになってしまった。
チラリと部屋の中に視線をやると、情事を始める前にかろうじて残っていた理性で退かした掛け布団以外、ベッドの上は悲惨な状態だった。2人分の汗や精液、風呂から出てそのまま身体を拭かずに使ったせいで、大量の水分が染み込んでいる。

もうあのマットレスは使わない方がいいだろう。ベッドを丸ごと一式、今よりももう少し大きいものを買い揃えてもいいかもしれないと思いはしたが、あの狭いシングルベッドで眠ると、俺の家では腕に抱き込まないとそばにいない彼がピッタリくっついてくるのは手放しがたい。
結局、マットレスと枕2つを新調することに決めてスマホの連絡先を開いて電話をかける。

少し早い時間だが、俺からの電話に応答しないはずがないと分かっていて、予想通りに、3コール目で出た宇野は寝起きの声で応答した。

〈・・・はーい、なんでしょうか、若。つか、今日はるさんとこじゃなかったですか〉
「マットレスと枕2つ、買ってこい」
〈・・・はい?え?なに?〉
「マットレスはシングルで分厚めの。枕は適当でいい。あぁ、カバーとかも一式全部揃えてくれ」
〈え、え?なんで?なにしてんですか、若。マットレス買い替えなきゃいけないプレイって〉
「うるせえ、黙って買ってこい。近くに着いたら連絡しろ」
〈えー!まだ店開いてな〉ブツッ

まだまだ喋り続けそうだった宇野を無視して電話を切った。店が開いてないことなんて分かりきっている。それでも開店と同時に買ってくれば昼過ぎには届けられるだろう。

自分で宇野に言っておきながら、優秀な部下をこんなことに使うなんて酷い奴だなと吸い終わったタバコを携帯灰皿でもみ消して部屋に入る。
相変わらずイビキもかかず眠る彼に近づいて頭を撫でると、心地よかったのか手に顔を擦り付けてきた。

「あー・・・んっとに、かわいいな」

男に対して【かわいい】と言うのは褒め言葉にならないのかもしれないが、彼に対してはどうもこの言葉を吐き出すのを止められない。
正直、泣きながらもう無理だと言ってきたその表情にすら欲情してしまって、理性をなんとか働かせて情事を終わらせた。彼に対して無限に湧き出てくる愛情と欲情、独占欲や束縛欲、その他ドロドロとした黒い感情に俺自身も驚いている。

擦り寄る彼の頭に軽くキスをして、風呂場で彼に約束した通り、濡れて酷い有様の室内を掃除するためにスウェットの袖を捲る。そして、どうせ新しいものが来るのだと枕カバーとシーツを剥がして濡れた床を拭く。
自分の家ですら掃除をまともにしたことがない俺が、床に膝をついているところを宇野が見たらきっと、うるさい悲鳴を上げるだろう。全てを拭き終えて適当なビニール袋にそれらと枕を突っ込み、玄関へ置いた。

そして床で眠る彼を起こさないようにマットレスも運び出し、これは玄関の外の壁に立てかけた。一応、14時までに捨てます、と部屋番号とともに書いた張り紙を貼っておいたので文句を言われることはないだろう。

骨組みだけになってしまったベッドに腰かけると、ギッと音を立てた。
あと何回、このベッドは俺たちが行う営みに耐えられるだろうかとくだらないことを考えていると、重たい眠気が襲ってくる。

せっかく彼が俺の場所を空けてくれているのだからと、2人で寝るにはかなり狭い、即席の布団へ体を入れ込むと寒かったのか彼は俺の胸に頭を寄せた。
そのまま腕で抱き込んで目を閉じると、眠気が限界だったらしくすぐに意識が薄らいでいった。



寝る前に、彼を起こしてはいけないとスウェットのポケットに入れたマナーモードのスマホが振動する感覚にゆっくりと目を開ける。
職業柄なのか、安心できない場所での人の気配や些細な話声、そしてこうした連絡関係の音や振動に敏感な俺はすぐに気がついて目が覚めてしまう。

夜に仕事を回していた時、ほぼ毎日かかってくる宇野からの電話は毎回1回目で起きているが、出るのが面倒で無視を決め込むのが常だった。今日の着信もバイブの振動で宇野からだと分かり、いつものように無視をするという考えが過ぎったが、自分で買い物を頼んで連絡をしろと言った手前、隣で眠っている彼を起こさないようにゆっくりと掛け布団をずらし、家を出る。

適当に履いたサンダルから飛び出た踵が冷たいコンクリートに触れる感覚に、眉を潜めながらスマホを取り出すともう着信を知らせる振動は止まっていた。時間は12時過ぎだ。

履歴から宇野にかけ直すと、呼び出しのコールすらならないうちに寝起きには辛い大声が耳元で響く。

〈若から掛け直してくるとか、天変地異なんですが!!!〉
「・・・うるせえよ、でけえ声出すな」
〈はいはい・・・あ、若の車が停まってる駐車場まで来ましたけど、これ運びます?〉
「あー、うん。回収して欲しいのもある」
〈了解です。あ、葦幹金融に潜伏した奴助っ人に呼んだんで怒んないでくださいね。元からこの場所知ってる奴の方がいいと思いまして〉
「・・・あぁ、分かった」
〈じゃ、向かいますね〉

切られた電話に、相変わらず細かいところまで気が回る奴だと感心する。
伊藤さんの集金に向かわせていた宇野の他に、もう一人下っ端から情報を集めるために組から放り込んだまだ20代前半の部下をぼんやりと思い出す。
一度家に戻り、タバコと濡れたシーツや枕を入れた袋を手に取ってもう一度出ると、丁度駐車場から向かってきた宇野たちが視界に入る。

両手に袋を下げた宇野の隣で、でかい塊を運ぶガタイの良い男に、そうだ、あんな奴だったと思いながらタバコに火をつける。

アパートの敷地に入り、階段を登ってきた宇野が呆れた顔で口を開いた。

「全く、なんでマットレスからそう取っ替えする事になってんですか。ナニしたんですか」
「うるせえ聞くな」
「えぇー、ここまで後処理手伝ってんですから教えてくださいよ。なぁ、ケンゴ」
「え、いや、自分は大丈夫っす。気にしないでください、若」
「おー、宇野と違ってイイコだな、ケンゴ」
「癒着だ。完全な癒着。ビビってんなよケンゴ!」
「大声出すな。はるちゃん起きたらお前をコンクリートで寝かせるからな」
「・・・はーい」

マットレスを抱えたままでいさせるのは、流石の俺でも忍びないと静かに玄関の中に入れさせて、替わりにしっとりと濡れたマットレスを駐車場へと運ばせる。助かったと礼を言えば頭を深く下げ、先に戻ってます、とアパートを後にしたケンゴに、無駄口も叩かないしいい体をしているから今度仕事で使ってみるかと考えていると、宇野が笑みを浮かべた。

「下っ端の中じゃ、かなりできる奴ですよ。ケンゴ」
「あぁ、だろうな」
「最近は俺に付けて色々教え込んでるんで、もうちょっとで仕事任せられるんじゃないかと」
「お前がそこまで言うなら、相当キレるんだな」
「はい、かなり。中卒でこの世界に入ってきたのは伊達じゃないってとこですかね」
「・・・へぇ」

じゃあ腹から出てきた瞬間にこの世界に身を置いてる俺は一体何なんだと、無駄に難癖をつけた考えが浮かんできたがタバコの煙とともにゆっくりと飲み込む。普通の人間が夜感傷的になりやすいのと同じで、明るい空を目にすると世の中から浮いた自分の存在がたまに嫌になる。まぁ、これでも彼と過ごす様になってだいぶマシになった方なのだが。

「じゃ、俺帰りますね。この土日は仕事入れてないんで、存分に・・・いや、そこそこに楽しんでくださーい」
「あぁ、助かった。何かあれば連絡よこせ」
「はーい。じゃ、お邪魔しました〜」

ポケットに手を突っ込み軽い足取りで帰っていった宇野を見ながら、2本目のタバコに火をつける。
彼が側にいる間は構うのが楽しくて吸う気が起きないのに、扉一枚を挟んだらもうこれだ。久々に、我慢できたらキスをしてくれと言ってみようかと、まだまだ吸えるタバコを揉み消すとアパートの階段を登ってくる音が聞こえた。

他の住人だろうか、と、特に気にも止めずに玄関のドアに手をかけたところで「え!?」と言う声が上がる。何だと、視線をやると、暗めの茶髪にチェスターコートを羽織った俺とほぼ変わらない身長の男が目を丸くさせてこちらを見ていた。

面倒だと無視を決め込んでドアノブを回そうとしたところで男が慌てた様に口を開いた。

「え、ちょっと待って、そこって遼の家じゃ・・・」
「・・・あ?」

男が口にした彼の下の名前に眉を寄せてもう一度視線をやると、困った様な疑っている様な表情を浮かべる男に既視感を覚えた。どこかで、見た気がするんだが。
仕事で何か恨みでも買ってしまったかと考えていると、男が意を決した顔で言った。

「あの、俺は遼の弟です。晴海郁です。どちら様でしょうか」

男の言葉に、あぁ思い出した、とドアから手を離す。駅前で彼が別の男とホテルに向かったと勘違いした時の相手、彼が言う様に本当に弟だったのかと少し安堵する。

信用していないわけではなかったが、陽の下で見るとさらに似ていない彼の弟に苦笑いを返す。確か、今年の春から上京するのだと言っていたからまだ22、3かそこらだろう。

変わらずに強張った顔をこちらに向ける彼の弟に、玄関に置いてあるマットレスを何と言い訳しようかと思案しながら、とりあえずまずは、と名前を述べながら手を差し出した。



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