小さい壁 と 大きい壁
02


一人掛けソファが4脚並んだ応接室のようなそこに、向かい合って座る二人。背を向けているのはおそらく尋之さんで、すぐに視界に入ってきたのはスラックスにセーターを着たガタイのいい中高年の男性。きっと尋之さんと雅修くんの父親だろう。目が合うと目線を下げて会釈をされた。その動作に気づいた尋之さんが振り向いて俺に気づくや否やバッと立ち上がってこちらに近づいた。

「はるちゃん、体調は?大丈夫?熱は?」
「もう大丈夫です。すみませんでした・・・」
「いいのいいの。てかごめんね?なんか慌てちゃってとりあえず実家がすぐそこだったから、こっち来ちゃった」

迷惑をかけてしまったと頭を下げた俺に苦笑いをしながら応えた尋之さんは、視線を落として雅修くんと繋がれたままの手を凝視した。まさか、こんなに歳の離れた弟に対して嫉妬はしないだろうと思っていたのだが、逸らされる事のないその視線に声をかけようと口を開く。しかしそれよりも先に、隣の低い位置から明るい声が響いた。

「兄ちゃん!オレ、はるちゃんと付き合うから!」
「え!?」
「・・・は?」

繋いだ手を持ち上げてそう言った雅修くんに驚きの声を上げると、後を追って尋之さんも低い声を出した。弟に対して睨みつけるようなことはしないが、少し細められた目は何を言ってるんだと言っていて、慌てた俺は腰を折って雅修くんの視線に合わせる。

「雅修くん、あの、俺、付き合ってる人いるから、その、付き合えないよ」
「じゃあ、その人より好きになってもらえればいいですよね?」
「いや、えーっと・・・」

さっきまでの無邪気さはどこへやったんだと言いたくなるほど、キリッとした男らしい表情をしている雅修くんに、さすが尋之さんの弟だと変に感心していると、折った腰に手をまわされて尋之さんに引き寄せられる。そして、そのまま背後から抱きしめられた。それを嫌そうに見てくる雅修くんに、乾いた笑いを返すと肩に尋之さんが顎を乗せたのを感じた。

「はるちゃんは俺のだから。雅修にはあげないよ」
「え、兄ちゃんと付き合ってるの?」
「うんそう。はるちゃんは俺のことが好きなの。だから雅修は付き合えないよ」
「・・・ふーん、でも、兄ちゃんより俺のこと好きになってもらえれば良いだけだろ」
「無理だと思うけど?」
「わかんないじゃん」

話すたびに肩に伝わる振動はくすぐったいし、さっきまであんなに可愛い笑顔を浮かべていた雅修くんはどんどん不機嫌になっていく。目の前で、というか俺を挟んで兄弟喧嘩のようなことを始めた2人にあたふたしていると、背後から低い声が響いた。

「尋之、雅修、晴海さんと話す。お前たちは部屋から出ろ」

3人で同時に声がした方へ振り返ると、腕組みをした尋之さんの父親が面倒そうに溜め息を吐いて顎でクイっとドアを示す。
その動作に渋々ではあるが、何も言わずに大人しく俺から離れて部屋を出て行った2人に思わず笑ってしまった。すぐにハッとして口を手で押さえる。ゆっくりと左を向くと尋之さんの父親も少し口端を上げていてホッとした。

「あの、ご挨拶遅くなりました。晴海 遼です。昨夜は突然泊めていただくことになってしまって、すみませんでした」
「いや、気にすることはない。それにそんなに硬くならないでいい。と言っても、ヤクザ相手には無理な話か」
「い、いえ!そんな、尋之さんのお父様だと思うと、という方が大きいです・・・」
「ほぉ・・・ま、とにかく座りなさい」
「はい、失礼します」

促されて先ほど尋之さんが座っていたソファに腰掛けた。腕組みを解いた彼は肘掛に腕をついて頭を支える体勢に変えてジッと俺を見つめてくる。何を言われるのか、それとも俺から何かを言ったほうがいいのかと考えていると、先に彼が口を開いた。

「尋之から、晴海さんとの関係は聞いている。こんな世界で生きている人間だ、別に偏見も何もないが、ただの一般人である君がヤクザの息子と付き合いを続けるのは、あまりいいもんじゃない」
「あ、えっと、そう、ですね・・・」
「止めるなら今のうちだ。もし、俺が尋之に対して子供を作れと言えば、アイツは必ず女を抱いて子供を作らなければならない。跡目であるアイツは拒否などできない。そうなる未来がわかっていたとしても君は尋之と付き合うか?」
「っ、あ、その」
「君だって、家族はいるだろう。公にできない関係をどう伝えるつもりだ?同性同士というだけじゃない。相手はヤクザだと、家族に打ち明けることなんてできないだろう」
「そ、れは・・・」

静かに言葉を紡いだ彼は、何もおかしなことは言っていない。むしろその全てが正しかった。何も言い返せずにいる俺に、溜め息を吐いた彼は鼻で笑って顔つきを鋭いものに変えた。

「覚悟がないのなら、尋之との関係は断て。たかが普通のサラリーマンに背負えるもんじゃない」

その言葉と向けられた目付きに、恐怖よりも苛立ちがこみ上げる。そんなことは、尋之さんを好きになってしまった時点で覚悟の上だ。たかが普通のサラリーマンである俺が、ヤクザでしかも同性の尋之さんと付き合うと決めた時点で背負うんだと覚悟したようなものじゃないか。

「お言葉ですがっ、覚悟、はしています。付き合うと決めた時点で」
「ほぉ?じゃあ、アイツがよそで子供作ることに対しても我慢できるんだな?」
「っ、嫌です!やです、けど・・・尋之さんが、そう決めたのなら俺は何も言えません。・・・俺には、産めませんから」

溢れ出てしまった涙も気にせず彼を見つめ返しながらそう言うと、何を考えているのか分からない表情で視線を返される。どうしたら、尋之さんとの関係を認めてもらえるんだろうか。

「俺は、尋之さんから離れるつもりは、ありません。尋之さんから、告げられるまでは」

スーツのスラックスにぼたぼたと落ちる涙は、冷たく広がる。ここで目の前の彼が実力行使をしたら俺なんて簡単に尋之さんから引き離されてしまうんだろう。多くは望まないから、そばにいることは許してもらえないだろうか。懇願する気持ちで彼の言葉を待つ。

そして、どれほど経っただろうか。10秒かもしれないし、5分かもしれない。次第に下がってしまった視線を、目の前から聞こえた深い溜め息にゆっくりと上げた。

「悪かった。そこまで泣かれるとは思わなかったな」
「え・・・」
「まぁ、言ったことは本音ではある。しかし、今ここで晴海さんを尋之から引き離すなんて、下手したらアイツに殺されかねない。すまなかったね。試すようなことをして」
「あ、そういう・・・」

先ほどと打って変わって笑みを浮かべる彼に安心と驚きで固まる俺は、ゆっくり言葉を理解した。試した、と言うことは、つまり尋之さんとの関係をやめさせるつもりはなかったということか。
そう思うと今度は嬉しさの涙が溢れてくる。ようやく止まったのに再び泣き出した俺に今度は彼が驚いた表情を浮かべた。

「す、みま、せん。安心してしまって・・・」
「あぁ、そういうことか。はぁ、こんなに泣かせてしまっては、どちらにせよ尋之に殺されるかもしれんな」

そう言って笑った彼の表情は心なしか嬉しそうだった。

「今更になるが、申し遅れた。尋之の父、半田 修之です。よろしく、晴海さん」
「はい、よろしくお願いします、えっと、修之、さん・・・?」
「あぁ、名前で呼んでくれて構わない」
「ありがとうございます」

優しい目で笑う修之さんはどことなく尋之さんに似ていて、親子だと実感する。

そして、修之さんは俺が落ち着くのを待ってから、腰を上げて先ほどのダイニングキッチンへと俺を促した。



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