小さい壁 と 大きい壁
01


「あ!兄ちゃんの!おはようございます!」

20センチほど低い位置にある、可愛らしい顔立ちの男の子にそう言って頭を下げられる。
突然のことに固まった俺に対して、艶のある黒髪に綺麗な茶目の男の子はニコニコと笑いながら俺の返事を待っていた。





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遡ること14時間前。

ここ最近仕事が忙しく、尋之さんと会えたとしても夕飯を食べてすぐに寝てしまう日々を過ごしていた俺は、抱えていた案件がようやく終わったと定時を少し過ぎた時計を見ながら伸びをした。

少し前にあった社員旅行は楽しかったし、行ってよかったと思うのだが、やっぱり他人と過ごすというのはそれなりに気を使う。そして、それに加えてのこの忙しさだ。さすがに体が応えたようで明日から三連休だと思うとどうにも気が抜けてしまった。若干頭がぼんやりするなと思いながら、尋之さんに〈終わりました〉とメールを打つと、もう駅前にいるよ、と返ってきたので急いで帰り支度をして会社を出た。

「尋之さん、すみません。お待たせしました」

小走りで駅へ向かうといつかと同じようにスポーツカーが停まっていて、助手席のドアを開けるとハンドルに凭れながら尋之さんが応えた。

「全然待ってないよ〜。1日フリーだったから早く来ちゃっただけ〜」
「そうだったんですね、今日はどうしましょうか」

車に乗り込んでシートベルトを締める。小走りしたせいで先ほどまでは、ぼんやりしているだけだった頭が若干痛み始めた。震えてしまいそうな息を力を入れて止めながら尋之さんに笑顔を向けると、尋之さんが小首をかしげる。

「はるちゃん、体調悪い?」
「いえ、少し疲れてしまったみたいで、大丈夫です」
「そう?じゃあ早く俺の家戻ろっか」

そう言って尋之さんは車を発進させた。車の中は暖房が効いてるはずなのに、なぜか寒気が止まらない。ついに震える息を堪えることができずに吐き出すと、だいぶ熱を持ったそれは尋之さんにも伝わってしまったようで。チラリとこちらを見た尋之さんは目を見開いて車を路肩に停めると、俺の顔に手を当てた。

「熱・・・、はるちゃん、熱朝からあったの?」
「あ、いや、大丈夫、です」
「大丈夫じゃないよ・・・あー・・・あっちのが近いか」
「本当に、大丈夫、です」
「うんうん、とりあえずシート倒して楽にしててね」

大丈夫としか言わない俺に、尋之さんはシートを倒して自分が着ていた上着を俺にかけると再び車を発進させる。こんなタイミングで熱が出てしまった自分を恨みながら、尋之さんの匂いがする上着に顔を埋めて俺は意識を手放した。


そして、目を覚ますと見たことのない天井が視界に広がった。

ふかふかの掛け布団から出たくないと思いながらも、ここがどこかわからない不安から体を起こす。疲れから出た熱だったのだろう、体は完全に回復していてダルさもなかった。

広い和室に広がる畳のいい香りに心落ち着けて障子を開けると、目の前には小さな日本庭園があった。何時間眠っていたのか、もう完全に日が昇っていて、庭にある池がキラキラと反射していた。下に模様が入ったガラス越しにしばらく庭を眺めていると、左の方向から微かに人の話し声が聞こえる。

もしかしたら、どこかの旅館だったりするのだろうか。とにかく尋之さんを探そうと、障子を閉めて声が聞こえてきた方に5歩ほど足を進めると、体の真横にあった障子が勢いよく開いて、黒髪の男の子がこちらを見上げていた。





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なんとか、おはようございます、とだけ返した俺に笑みを深くした男の子は、俺の手をとって庭に面したガラス戸を開けて座った。そして繋がれた手を引かれるがまま俺も隣に座る。

「えっと、俺は雅修って言います。兄ちゃんの、尋之兄ちゃんの弟です」
「あ、うん、よろしくお願いします。俺は晴海 遼です」

礼儀正しく、頭を下げた雅修くんに俺も頭を下げながら返すと、嬉しそうに笑ったその顔は、尋之さんに似ているような気がした。尋之さんから鋭さを抜いたらこんな感じになるかもしれない。

そして、薄々気づき始めていたが尋之さんの弟だという雅修くんが居るということは、ここは彼の実家なのだろう。
ヤクザの家だというドキドキよりも、付き合っている人の実家であるということに対してドキドキと心臓が激しく打っている俺を知る由もない雅修くんは、無邪気な笑顔で言葉を続けた。

「兄ちゃんとは、友達ですか?」
「え・・・あ、うん、そうです」
「そうなんですね!兄ちゃんが友達連れてくるのなんて、初めてだから」
「あ、そうなんだ・・・えっと、その、尋之さんはどこにいるの?」
「向こうでお父さんと話してます!」
「お父さんと、そっか。じゃあもう少し雅修くんとここでお話ししてようかな」

お父さん、つまりは組長である父親と話しているということはきっと仕事に関しての話だろう。邪魔をしてはいけないと、雅修くんに笑顔でそういうと、なぜか一瞬動きが止まった雅修くんが、キラキラ全開の笑顔で頷いて俺の手を握る手に力を入れた。

「はるみ、さんは、これからもこの家に来てくれますか?」
「うーん、どうだろう・・・尋之さんがいいよって言えば来れるかな。あ、そうだ、俺のことは、はる、か、りょうでいいよ?」
「じゃ、じゃあ、はるちゃんて呼んでもいい!?」
「うん。いいよ」
「やった・・・兄ちゃんが呼んでて、いいなって思ってたんです」
「そっか」

嬉しそうに足をプラプラさせて俺の手をギュッと握る雅修くんに、実家の弟妹を思い出して微笑んでいると、雅修くんがぐいっと顔を近づけてきた。キラキラした瞳に至近距離で見つめられて、驚きよりも可愛いな、という気持ちが勝り、握られていない方の手で頭を撫でながら首を傾げると、雅修くんの口がゆっくりと開いた。

「あの、はるちゃん、は、好きな人いますか?」
「・・・え?」
「オレ、はるちゃんのこと、好きになりました!」
「え、え?」
「昨日こっそり、寝てるとこ見て、可愛いなって思ったんですけど、今日笑った顔見たらもっと好きになった!」
「あ、え・・・ありがと、う?」

可愛い笑顔で楽しげに話す雅修くんに、どうしたらいいんだと頭を悩ませていると、突然立ち上がった雅修くんに手を引かれて先ほど声がしていた方へと家の中を進んでいく。
廊下の突き当たりに見えた扉を躊躇なく開けた雅修くんに続いて入ると、いきなり洋風なダイニングキッチンが現れて少し驚いた。しかしそれよりもキッチンに立つTシャツにスキニーパンツを履いた女性が振り返ってこちらを見たのに対してドキリとする。俺の手を引く雅修くんに似たその女性はきっと彼の母親だろう。

「あ、あの、すみません、突然泊めていただきまして・・・」
「いいのよ、お気になさらないでね。体調は大丈夫そうね?」

綺麗な笑顔でそう応えた彼女は、繋がれた俺と雅修くんの手を見てふふ、と声を漏らした。

「雅修、晴海さんとお話しできてよかったわね」
「うん、オレはるちゃん好きだから」
「そうね、でも尋之がなんて言うかしら」
「なんで兄ちゃん?」
「だって、晴海さんは尋之の」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

実家に連れてこられたという時点で、俺たちの関係を話しているかもと予想はしていたが、こんな子供の雅修くんに聞かせるべき話じゃないと慌てて彼女の言葉を遮ると、四つの綺麗な目が俺に向いた。いきなり大きい声を出した俺に驚いたのか、雅修くんは固まって見上げるばかりだったが、彼女は何かを察したのかクスリと笑うと雅修くんの頭に手を伸ばした。

「雅修、晴海さんは尋之ととても仲良しだから、雅修と仲良しなところを見たら拗ねるかもしれないわね」
「えぇー、兄ちゃんそんなことしないよ」
「どうかしら。もうそろそろ話終わるだろうから、晴海さん連れて行ってあげなさい」
「はーい」

元気に返事をした雅修くんにまた手を引かれて部屋のさらに奥に進む。振り返って彼女の顔を見ると楽しげに微笑んでいて、全て知られてしまっているという事実に顔を熱くしながら軽く頭を下げて前を向くとダイニングキッチンを出たすぐ左のドアに雅修くんが耳を当てる。どうやら中で話が続いているかどうかを確認しているらしい。

しっかりしてるなと感心していると、話し声が聞こえなかったようでノックをした雅修くんがドアを開けた。



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