面倒な上司 と 放っておけない部下
01


はるさんと付き合う事になってからすこぶる機嫌が良かった若は、その反動とでも言うほどに、ここ2日ほど機嫌が悪い。
いつだったか、事務所の直径15センチはある灰皿が3日でいっぱいになるほどタバコを吸いまくっていたのを彷彿とさせる事務所内の煙たさに眉を顰めるが、ソファにだらけて座る若は気にする事なく延々とタバコに火をつける。

時折スマホを開いては、はるさんから連絡が来ていないのか苛立った表情でポケットにしまうというのをついに5回以上は繰り返した段階で、痺れを切らした俺は若に声をかける。

「なんです、はるさんとケンカでもしましたか?」
「・・・いや」
「じゃあなんですか。また誰も事務所に誰も入れない状況なんですけど」
「あ?・・・んなにビビんなくてもなんもしねーよ」
「鏡見てください鏡。視線で2、3人殺せそうな表情してますから」
「あー・・・」

やっとタバコの火を消したはいいものの、不機嫌そうな表情は変えずにソファに完全に横になった若は深い溜め息を吐く。この面倒な上司をどうしてくれようかと思案していると、何を思ったのか、若が勝手にボソボソと言葉を紡ぐ。

「はるちゃんがさ、昨日から社員旅行なんだよ。3泊4日」
「へぇ。良かったじゃないですか。いい会社になりましたねー」
「良いわけあるかよ。はるちゃんの事、明らかに好きな女も一緒だぞ」
「えー・・・ちっさいっすね、若」
「あぁ?」

本音が漏れてしまい、他の奴らであれば縮み上がってしまうような視線を向けられるが、不機嫌な理由を知ってしまった俺はただただ呆れ返ってしまうだけだ。はるさんの事となると、普段の冷静で冷徹さのカケラもなくなる若がまたタバコに手を伸ばそうとしたのを見て、出てしまった溜め息は仕方がないだろう。

「それって、はるさんのこと信じてないって事ですか?」
「・・・あ?ちげーよ。俺ですらまだ行ってない旅行になんで一方的に好いてる女が行けんだよって思ってるだけだ」
「うぇー・・・まじで小さい」
「・・・んなことわかってんだよ。だからはるちゃんには笑顔で楽しんでおいでって言って見送ったわ」
「あはは、まじ、ほんっと・・・ま、いいんじゃないですか?」

まさかこんなに1人の人間に執着する若を今世で見れるとは思わなかったと、緩んでしまった顔を隠さずにそう言えば、怪訝そうな顔で若がこちらを見上げる。この人も、普通に1人の男なんだな、と、安心したのはつい最近のことで、それを直接伝えるのは気恥ずかしいので、少し茶化してそれを伝える。

「それだけはるさんのこと大事だってことでしょ?そこまで想える人がいるって、結構凄いことだと思いますよ」

俺の言葉を聞いた若の目が大きく見開かれて、咥えていたタバコから灰がポロッと落ちて、こだわりがあるらしいスーツを汚す。あーあ、とそれを無言で見つめていると、ようやく気づいた若は眉間にシワを寄せてそれを手で払う。

「・・・まさかお前にそんなこと言われるとは思わなかった」

タバコを揉み消して、だらけていた身体を起こした若が恥ずかしそうに頭をかくのを見ると、年上のこの男に対して微笑ましい気持ちになってくる。まるで、初めて恋をした中学生のような反応にニヤけていると、目敏くそれに気づいた若は明らかに中学生じゃ醸し出せない雰囲気を纏って口元を歪めた。

「つーか、お前、【はる】って呼んでんじゃねえよ」
「今更〜。はるさんにいいって言われたからいいんですー」
「・・・くそ」
「はるさんの名前出すと反論してこないのまじ面白いんですけど」
「調子のんな」
「ははは、あ、いいんですか?そんなこと言って。はるさんに、またいっぱいタバコ吸ってましたよーって告げ口しちゃおっかなー」
「ふざけんな。・・・言うなよ」
「うへぇ、まじお花畑」

これだけ軽口を叩いても怒るどころか心なしか楽しそうに眉間のシワを寄せて笑う若は、今事務所に近づいてこない部下たちに対してもそう簡単に切れるほど器は小さくない。でかい体と鋭い目付きのせいでだいぶ誤解されている若を少し気の毒に思う。しかし、ヤクザにとっては威厳が保てていいことなのかもしれないと、その誤解を解こうとは思わない。

俺が告げ口すると冗談まじりに言ったせいか、あんなにノンストップで吸っていたタバコから手を離した若は、手持ち無沙汰なのか再びスマホを開く。どうせ連絡は来てないだろうと、かったるそうに細めた目で見ていたが、一瞬でその表情が明るいものに変わる。きっとはるさんから連絡でも来たのだろう。

背筋を伸ばし、スマホを耳に当てて開いている手をぎゅっと握る若はやっぱり初恋相手に対する中学生のようだ。

「あ、はるちゃん?どうしたの?」

先ほどの声色からは想像もつかないほど柔らかく、甘ったるい声を出す若は不機嫌そうだった顔に幸せそうな笑み浮かべている。

「え?あー、そう?うん、うん。いいねぇ・・・うん、今度一緒に行こうね〜」

どうやら社員旅行先でいいところを見つけたらしいはるさんが、若に一緒に行こうとでも伝えたようだ。嬉しそうに笑って応える若に思わず吹き出しそうになって口を手で抑える。

基本的に電話はスピーカーで話す若が、はるさんとの電話だけは絶対にスマホを耳に当てて話す理由を知っている俺は、その溺愛っぷりに少しはるさんが心配になる。はるさんの声すらも独占したいと思っている若の重い愛情にいつかはるさんが押し潰されてしまうんじゃないかと思う。
今のところは、はるさんの優しい性格と雰囲気で包み込まれて、その重くて黒い感情は表に出ていないようだけど。もしいつか取り返しのつかないケンカをして、はるさんが逃げるなんて事になってしまった時には、若は犯罪でもなんでもしてしまいそうな勢いだ。

まぁ、そうなる前に2人の間に芽生える不穏な種は俺が取り除いていけるように頑張ればいいんだろう。
そう思うのは、一度だけ早朝に起きてきたはるさんに思わず口が滑って要らぬことを話してしまった後悔があってのことだ。あの時は、なんとか2人だけで解決してくれたようで、さらに、はるさんが俺から聞いたとバラさなかったおかげで、若に絞められることもなかった。それでも俺の中の罪悪感はずっと残っていて、こんなことなら一発、若に殴ってもらった方が良かったかと思わなくもないが、今更蒸し返すのも良くないだろうと、黙秘を貫く俺は、いつかはるさんの助けになれることを望んでいる。

1人で悶々と考えているうちに、はるさんとの電話を終えたらしい若が上機嫌な表情でソファから立ち上がった。
どうしたんだと、視界に入った時計に目を向けると21時すぎを指していて、ああ、そういえば22時から仕事が入っていたと思い出す。

「もう向かいます?」

仕事前に機嫌が治って良かった。たったの電話一本で若をご機嫌にしてしまったはるさんに心の中で陳謝しながらそう声をかけると、若は頷いて事務所のドアへと向かう。

「良かったですね、はるさんと電話できて」

事務所を出て階段をゆったりと降りている背中に後ろから声をかけると、ピタッと動きを止めた若がゆっくりと振り返る。無駄にスタイルがいいせいか、幸せそうなのにどこか歪んだ笑顔のせいか、妙に様になっているその毒々しい雰囲気から目を逸らせず、息を飲んで若の言葉を待った。

「・・・あー・・・なんか、泊まったとこの露天風呂がよかったんだってよ。一緒に行きましょうねって、これって誘ってるよなぁ」

長い間をとって、ようやく口を開いたかと思えばそんな下品な言葉を吐いた若に、肩の力が抜ける。
階段を降りて近づくと得意げで満足そうな表情を浮かべる若がさらに言葉を続けた。

「一回手ぇ出しちゃうと、もう抑え効かねぇんだよな〜」
「んな、生々しい話聞きたかないですよ」
「あ?言うかよ。かわいいはるちゃんは俺だけ知ってればいいんだよ」
「・・・はぁ。はるさんに無理させて愛想尽かされても知りませんからねー」
「そうならないように抑えて抑えてたまにヤってんだよ」
「・・・だから生々しいですってば」

軽口を叩きながら事務所のビルの下に着くと、別の部下が用意した車がある。若は何も言わずに後部座席へと乗った。

信頼している奴の運転でしか車に乗れない、と、面倒でデリケートな一面を持つ若のおかげで専ら運転手に徹している俺は、いい加減もう1人くらい信頼してくれと思わなくもない。しかし、暗に唯一信頼していると言われているのと同じそれに、少しだけ優越感に浸っている俺はたまに目で文句を言うだけに留めている。

何も言わずに後部座席に乗り込んだ若に、少しだけ頬が緩んだ。

「さて、今日も頑張りますかー」

誰に言うわけでもなく1人でそう呟いて、俺はこのわがままで面倒で愛すべき上司を仕事場まで運ぶために運転席へと乗り込んだ。






end.



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