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07


翌日目を覚ますと、珍しく俺より先に起きているらしい尋之さんが寝室に見当たらず、キシキシと痛む腰と脚をゆっくりと動かしながらベッドから降りる。そういえば昨日は全て服を洗面所で脱いだから、服が今ここにないんだと思い出してシーツを体に巻いた。

せめてパンツだけでもと、ベッド周りを見渡すがそれらしきものは見当たらない。勝手にごめんなさいと思いつつもベッド横のクローゼットを開けると、目がチカチカするほどの柄シャツが並んでいた。もしかしてと隣の扉を開けるとそこには黒のスーツが並んでいて、尋之さんのこだわりを感じる。

柄シャツの中で、初めて彼を見た電車の中で着ていたものを見つけて、思わず手に取る。
ペラペラの生地ではなく少し厚手のそれはベージュをベースに黒と深紅でダマスク模様があしらわれていて、よく見ると普通におしゃれなシャツなのかもしれない。
出来心でハンガーから外して羽織ってみると案の定全てが大きい。尋之さんも細身ではあるが、手足が長いため大きいサイズを買っているのかもしれないと、すっぽりと隠れたお尻と、指先から10cmは余っている袖を見て俺が小さいわけではないと理由を探す。

実際俺は平均身長で、尋之さんが無駄に大きいんだと最終的には納得してシャツを脱ごうとしたところで寝室のドアが開いた。

クローゼットから勝手にシャツを出して遊んでいたところを見られて慌てる俺に対して、いつもは細めている目を見開いた尋之さんはすぐにニヤリとした笑顔に変わった。

「なーに、はるちゃん。すごいかわいいんだけど。サイズ合ってなさすぎて」
「・・・わかってますよ。パンツ探してたら見覚えのあるシャツだったので・・・勝手にごめんなさい」
「あぁ!そっか、電車乗った時のシャツね。いいのいいの。この家の中、はるちゃんだったらぜーんぶ好きにしていいよ」

じりじりと近寄ってくる尋之さんに、少し嫌な予感がして、後ろへ下がるとクローゼットの中に入ってしまったのかフワッと尋之さんの香りがして思わず顔を熱くする。

「彼シャツは、幾つになってもロマンだよねぇ・・・」
「な、に言ってるんですか、俺、男ですから」
「うん、まぁはるちゃんだったら何着ててもいいんだけどね。とりあえず、初めて出会った日の服を覚えててそれを着てみたっていう状況は、すごいかわいいと思わない?しかもその下なんも履いてないでしょ?」

逃げ場をなくした俺は、確かに、尋之さんの服を逐一覚えていてそれを着てみようと思うなんて、少し、いやかなり恥ずかしいかもしれないと、さらに顔に熱を集めた。

「だって、尋之さん、基本柄シャツで、似合ってるから」
「ほんと?はるちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな〜。もうなんか、シャツ集めが収集癖になってるんだよね〜」

そう言ってクローゼットに手を伸ばした彼はてっきりシャツを掴むものだと思って横に逸れようとした俺を、ぎゅっと抱きしめると、ふふふ、と楽しそうに笑った。
俺は抱きしめられたことによってずり上がったシャツに、下が丸見えになっていないだろうかと気が気じゃなかった。

「今度はるちゃんに似合いそうなのもみてくるね」
「え、そんな、俺には派手なの似合わないですよ・・・」
「そう?今着てるのも、悪くないと思うけど?あれだ、髪型がおしゃれな今っぽい感じだから、合うんだよ」
「そうですか・・・?」

私服は数えるほどしかみたことがないがどんなものもかっこ良く来こなしている彼に褒められるとまんざらでもなかった。

「ま、はるちゃんが着てたらジャージでも、ダサいセーターでも似合って見えちゃうかもしれないけどね」
「なんですかそれ」

結局最後は甘い言葉で終わった彼の言葉に思わず吹き出すと、抱きしめたままの彼が俺ごとベッドへ倒れ込む。

めくれ上がったシャツに、慌てて直そうと伸ばした手は尋之さんに捕まって、元の位置に戻された。
その代わりに、尋之さんの手がシャツの裾を直してくれて、そのまま背中に手が回される。

「あのね、はるちゃん、俺気づいたことがあるんだけど」
「なんですか?」
「あー、俺、頑なにはるちゃんとしないって感じだったでしょ?」
「あ、えっと・・・まぁそう、ですね」
「それね、多分怖かったんだと思う」
「・・・え?」

突然の告白に、怖いって、どういうことだろうと頭を捻るが意味がわからない。
男を相手にしたことがある尋之さんであれば、できるかどうかが不安であったというわけではないだろうし。もしかして、俺が途中で投げ出すかもしれないとか、そういう可能性だろうか。ハッとひらめたが、あれだけ普段からアプローチしていた俺が途中で投げ出すように見えただろうかとまた疑問に戻る。

1人で黙々と考えを深めていく俺に尋之さんは吹き出して、軽く首を振った。

「多分、はるちゃんが今考えてたのとは違う理由なんだけどね。俺って、ロクな恋愛、というか、恋愛なんてしてこなかったんだよね、生まれてから一度も。体の関係だけの相手はいくらでもいたし、それでいいやって思ってた最低野郎だったけど、でもはるちゃんと出会って好きになったら、そういう相手にはどう触れたらいんだろうって、正直手探りだったんだ。あ、昨日言った、大事にしたいってのも勿論ほんとだよ。でもそれ以上に、俺みたいな人間がはるちゃんに触ってもいいのかなって、ちょっと考えちゃったりもしたんだよね」

知らなかった彼の思いに、ギュッと口を紡ぐと、嬉しそうに笑った尋之さんが俺の頭にキスを落とした。

「だから、俺もこれに関しては逃げていた部分があった。だから、ごめんね」

きっと彼は、俺に1人で考え込む前に話してくれと言った時に俺が返した、なんでも話してください、という言葉を忠実に守っているんだろうと思った。
そしてその時「曝け出して、たとえはるちゃんが幻滅したとしても」と言った彼の言葉もきっと本心が混ざっている。

過去どういったことをしてきたのか、それによってどういう考えでどういう思いで動いていたのか。そして、どうかその全てを話した時に幻滅しないでほしい。怖かったと口にした彼は、どこか悲しげで、きっと俺に幻滅されることを想像してるんだとわかった。

そんなこと、ありえないというのに不安になっている彼がとても愛おしくて抱きつくと耳元で安心したような吐息が聞こえた。

「あの、ですね。俺が尋之さんを嫌いになることはありませんからね。今の話だって、結局は俺が大事な相手だから、ということですよね・・・?」
「・・・うん。そういう事」

照れくさそうにはにかんだ尋之さんは今まで見てきた表情の中で一番輝いて見えた。
こうやって、お互い不満も不安も隠すことなくさらけ出していけば、きっと一生幸せに暮らしていけるのだろう。

俺はギュウギュウとベッドの上で抱きしめてくる尋之さんが、いつの間にか寝てしまっているのに気づくまで、早とちりで関係を解消する羽目にならずによかったと、彼の腕の中で幸せをかみしめた。






end.






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