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どれくらい、待っただろうか。5分かもしれないし30分かもしれない。
ただじっと蹲っていた俺の手の中にあるスマホが震えて、尋之さんからの着信を知らせた。

「は、い」
〈あ、はるちゃんどこらへん?警察署の近くってことは、多分もう近くまで来てると思うんだけど、あ、あれかな?〉

どうやら俺を見つけたらしい尋之さんの声に、埋めていた顔を上げて辺りを見渡すと、オフィス街の公園にはとてもじゃないけど似つかわしくないスーツ姿が視界に入った。

本当に、仕事をしていたようだ。忙しかっただろうにすぐに駆けつけてくれた尋之さんの姿を見て、ようやく落ち着いてきたところだったのにまた泣いてしまいそうになる。

耳に当てていたスマホをポケットにしまってゆったりとこちらに歩いてくる姿は、初めて電車の中で見たときと酷似している。あの時は怖くて、逃げ出すように電車を降りたというのに今はその姿を見つけただけで嬉しいなんて、都合のいい俺はベンチから立ち上がって小走りに尋之さんへと近づいた。

「どうしたの?はるちゃん」

声が届く距離になって、そう言った尋之さんは困ったように笑っていた。

そこまで広くない公園のど真ん中で向き合った俺たちは、まばらにベンチに座っている人たちにどう思われているんだろう。もし、尋之さんが見た目のままに解釈されて、誤解されていたら嫌だな、と、顔を見つめながら考えていた。

「とりあえず、カバン置いたままだし、ベンチ座ろっか〜」

俺の手を引いて先ほどまで蹲っていたベンチに向かう尋之さんの背中に、抱きつきたい衝動に駆られた。
もちろん、人の目がある外で、いや、室内だったとしてもそんなことをする勇気はない俺は黙ってついていき、二人でベンチに腰掛けた。

「あの、すみません、でした。忙しかったですよね」

長い脚を組んで、俺の言葉を待っているだろう尋之さんにまずは謝罪を述べた。すると、フッと息を吐き出すように笑った尋之さんが繋いだままの手をぎゅっと握る。

「大丈夫〜、気にしないで。だから、何があったのか話して?」

地面に向けていた視線を上げると、優しい顔で俺を見る尋之さんがいて、ポツリポツリと、支離滅裂かもしれないけれど、俺は今日起こったことを全て話した。


言葉が詰まって、沈黙が続いても一切口を挟まずに最後まで聞いてくれた尋之さんは「話してくれてありがとう」と言って俺の頭を撫でた。

この人は、なんでこんなに優しくしてくれるんだろうか。

ここ2日で何度も疑問に思ったそれに、何となく、理由がわかった気がした。

尋之さんは、きっとヤクザなんだろう。本人の口から直接聞いたわけじゃないが、今の服装といい、纏う雰囲気といい、どう見たって普通の仕事をしているようには見えない。かと言って、ただのチンピラとしてこういう見た目をしているようにも思えない。であれば、残るのはその選択肢だけだった。

そして、ヤクザである彼は本当に優しい人なんだ。弱った俺を、放っておけないくらいに。

定期を拾ってくれたのも、コンビニの前でひどい顔をしていただろう俺に声をかけてくれたのも、酔った俺のくだらない愚痴を聞いてくれてのも、今こうして電話一本で駆けつけてくれたのも。全ては尋之さんが心根の優しすぎる人からだと、ようやくわかった。

こんなどこにでもいるような男に優しい笑顔を向ける尋之さんは、きっと俺だけじゃなくて、弱っている人を見たら誰にでも手を差し伸べるんだろう。そう思うとなぜかぎゅっと胸が苦しくなった。

「頑張ったね、はるちゃん。その先輩がそうなっちゃったのは、はるちゃんのせいじゃないよ〜?」

話終えてから押し黙った俺に投げかけられる優しい言葉が、なぜかとても辛かった。独り占めしたい、とか、思っちゃったんだろうか、俺は。突然苦笑を漏らした俺に首を傾げる尋之さんに、首を振った。

「すみません、何だか、話を聞いてもらえて、すっきりしてしまって」
「それなら良かった。そんな抱え込まないでね。いつでも俺が話聞くから〜」
「はい、ありがとうございます」

さっきまで先輩を守れなかったと落ち込んでいたのに、今は目の前にいる尋之さんのことで頭を一杯にしている自分が、とても薄情者に感じる。

何とか笑顔を浮かべたつもりだったが、俺の顔を見た尋之さんは眉間にしわを寄せた。

「そんな顔で、笑うなよ」

いつ見ても浮かべていた笑顔を消して、真剣な顔をした尋之さんに身を引いてしまった。それによって更に眉間のシワを深くした尋之さんが腕を伸ばして俺の後頭部を掴んだ。

何が気に障ったんだろう。殴られるのか。

咄嗟にギュッと目を瞑ったが、10秒ほど経っても動く気配を感じずに薄く目を開けると、悲しそうな、それでいて怒っている様な顔をした尋之さんが視界に入った。

「あ、えっと・・・すみません・・・?」
「何に対して?」
「え」

とりあえず謝った俺に、間髪入れずに言った尋之さんは固まった俺を見て、はぁ、と溜め息をつく。
後頭部をすっぽりと覆っている大きい手が下にずれて、首の後ろを撫でる。まるで猫の喉をなでる様に触る尋之さんに戸惑いながら視線を送ると、ようやくいつもの笑顔を見せてくれた。

「・・・ごめんね、意地悪しちゃったかな〜。でも、俺の前では無理しないでほしいなーって」
「あ・・・ご、ごめんなさい・・・」

どうやら取り繕った笑顔を見て、気分を害したらしい。どこまでも優しい理由に、また少し胸が痛むのを感じた。
何で痛むのかはわからないけど、深く考えようとは思わない。多分それは、気づかない方が俺のためにも、尋之さんのためにもなる気がする。

2人の間に流れる気まずい空気に、どうしたらいいのかと困り果てていると尋之さんのスマホが小さく鳴った。

なごり惜しむかの様に、首に回していた手を耳に這わせてから電話に出た尋之さんはベンチから立ち上がって離れていく。

聞かれたくない内容なのだろうその電話に、俺は熱くなった顔を見られずに済んだことで心から感謝をした。



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