原田家、初訪問
01


タナカと色々あってから約2週間が経った。つまりは梶野と恋人になってから約2週間ということでもある。

仕事には1週間前から復帰した。派遣会社の人にも、現場の人にもだいぶ心配されたけど、梶野がうまく伝えておいてくれたようで深く事情を聞かれるようなことはなかった。
まだ体調が万全ではない俺を気遣ってか、毎日現場に迎えに来る梶野に生ぬるい視線が集まるのにようやく慣れてきた頃、原田から家に遊びに来いと連絡が入った。今週の日曜日、つまりは明日がその予定の日なのだが、梶野とそういう関係になってから初めて会うので少し緊張してしまう。
電話では歓迎してくれたけど、実際に会ってみたら違うかもしれない。そう思うと楽しみだという感情だけを持つことはできなかった。

仕事を終えた初日、迎えにきた梶野は何食わぬ顔で自宅に向かおうとした。しかし俺は、あのアパートを気に入っているし、精神的にかなり頼っているとはいえ、金銭的にはそんなに頼る気はないと言ってちゃんと俺の家へ送ってもらった。派遣の仕事も今の現場を終えたら辞めると伝えていて、ちゃんとした就職先を見つけるつもりだった。
ヨネダ社長にそれを伝えたところ、戻ってこいと言ってくれたけど、実際俺は力もないしこういった現場で働くのは向いていないのだと自覚している。何が何でも稼がなければならなかったから与えられた仕事に懸命にしがみついていたけど、今はお金に余裕ができたし自分に合った仕事を見るけるのもありだと考えている。今まで現場で働いてこれたのは周りの人に恵まれていて助けてくれたからだと思うと、ここ最近だいぶ緩んだ涙腺から涙がこぼれそうになる。

「先輩、一旦家寄るので、その後俺の家行きましょう?」

例外なく迎えにきた梶野の運転する車に乗って、見慣れた道を見ていると声をかけられた。

「え?いいよいいよ。俺自分家から向かうから」
「なんでですか。明日車で行くんで、今日は俺の家に泊まって一緒に行きましょうよ」
「だって、梶野の家泊まっちゃうとさ・・・」
「なんですか?」

尻すぼみした俺の言葉に少し首を傾けてくる梶野を気づかれないように睨む。

仕事に復帰してからは自分の家に帰っているが、その前の梶野の家で過ごした1週間は思い出すだけで顔から火を吹き出しそうなほど甘ったるいものだった。
何か吹っ切れたのか、事あるごとに耳元で「愛してます」なんて言われてしまえば、梶野の顔を直視できなかった。初めの方はやり返してやろうと躍起になっていたし、実際やり返してみたりもしたけど大体倍以上になって返ってくるのでやめた。

「というか、先輩、もう一緒に住んじゃいません?」
「またそれ?・・・やだよ。ただでさえ依存気味だっていうのに、これ以上そばにいたら一生離れらんないじゃん」
「え?離れる気なんですか?俺はそんな気さらさらないですけど」
「いや、そういうんじゃなくって・・・梶野出張とかあるでしょ?それすらも辛いとか俺やだもん」
「・・・ちょっと今運転してて手離せないんで可愛いこと言わないでもらえますか」
「梶野ってちょっと頭おかしいときあるよね」

時々フラッシュバックしては息が詰まる俺を甘やしてくれたのはとても助かった。だけどこのまま梶野に頼りっぱなしではダメだと、この1週間夜を一人で過ごしてなんとか大丈夫になってきたところだ。なので梶野と住んでしまえば俺の努力は水の泡になるし、梶野の仕事の邪魔になることは目に見えている。

無言になった梶野に倣って俺も黙っているとすぐにアパートの前に着いた。エンジンを切った梶野が体こちらを向いてきて思わず身を引いてしまう。

「じゃあ、週末は、俺の家に来るのはどうです?週末というか、先輩が休みの日の前日に来て、仕事始めの日は俺の家から出勤してください」

シートベルトを無意識に握りしめていた俺の手をやんわりと包み込んだ梶野は俺の好きな優しい笑顔でそう言った。好きだからこそ、この笑顔を向けられると弱い俺は目をそらして頷くので精一杯だった。

「じゃあ着替えて、荷物持ってきてください」

俺のシートベルトを外して腕を伸ばしてドアを開けてくれた梶野から逃げるように車を降りてアパートの階段を駆け上がる。なんとか鍵を開けて部屋に入ると脚の力が抜けて玄関先に座り込んでしまった。

梶野の恋愛偏差値が高すぎて、ついていけない。心臓がもたない。熱くなった顔を冷ましながら仕事着を脱いで洗濯機に放り込み、ジーンズとTシャツに着替えた。



用意を終えて梶野の元へ向かうと、車から降りてタバコを吸う梶野が視界に入る。

俺に向ける表情はいつも柔らかく、優しいものだけど、時々見える無表情だったり真剣だったりする梶野の顔も新鮮で好ましく思う。今は何か考え事でもしているのか、無表情よりの顔をしていた。
少しでも長くその顔を堪能しようと、静かに近づいたつもりだったが気づかれてしまい、梶野はすぐに笑顔を浮かべた。残念に思わなくもないが、笑顔だって好きなことには変わりない。

「行きましょうか」
「うん」

助手席に乗り込み、後ろのシートに仕事着と明日着ていく服を置く。寝間着や歯ブラシなどは梶野の家にいた1週間で全て買い揃えられていたので必要ない。梶野の思惑通りなのか、着々と同棲への道を進んでいるような気がしてならないが、気にしたら負けだと気づかないふりをした。



梶野の家に着き、勝手知ったるというように洗面所に向かい、手を洗う俺をみて梶野が嬉しそうな顔をする。

「あー、いいですよね。うん。ほんと、ここに住めばいいのに」
「だから、ダメだってば。俺梶野のお荷物になりたくないんだって」
「お荷物?そんなこと思うわけないじゃないですか。まぁ、無理強いはしませんけど。俺はできることなら24時間一緒にいたいと思ってるんで」
「ダメダメ、もうちょっと俺が自立できたら、その時は、その、考えるから」
「あー・・・可愛い・・・」
「ちょっと、おい、何も洗面所でくっつかなくても」
「15年分は重いんですよ」
「はいはい。って、物理的に重い・・・」

俺の背中にのしかかる梶野の腕を引っ張りながらなんとかリビングのソファにたどり着くと軽く息が上がってしまう。俺が軟弱過ぎるのか、梶野がでか過ぎるのか。できれば後者であってほしいと思いながら、身体を反転させて梶野を背中で押すようにソファに腰掛ける。
梶野の足の間に座る体勢になってしまったが、こんなのはあの1週間でだいぶ慣れたことなのでそのまま後ろに体重を預けると梶野の腕が腹に回った。

「あー・・・俺めちゃくちゃ幸せ者ですよね、本当に」
「はいはい・・・わかったから」

何度となく聞かされたその言葉に呆れたような返事をしながらも内心は俺自身もこの幸せを噛み締めていた。顔が見たい、と身体を反転させて梶野の膝の上に座ると俺の方が目線が高くなる。
こんなにかっこよく頼れる存在だというのにこうやって時折見せてくれる年下的要素に俺は完全に落とされていた。甘えたいし、甘やかしたいという俺の欲求を完全に満たしてくれている。

「先輩少し重くなりましたね」
「え、まじ?太ったかな・・・あ、でも筋肉だとしたらいいのか」
「筋肉はないんじゃないですかね・・・?」
「えー・・・」
「ほら、ちょっと腹に肉が」
「やだやだ!中年太りじゃん!!ジム行こう!」

腹の肉を摘んでくる梶野の手を払って、膝から降りようとした俺をぎゅっと抱きしめた梶野は、何度目かの誘惑を俺の耳元で囁いた。

「じゃあ、一緒に住みましょう?ほら、ジム通いたい放題ですよ?」

首を振って、「もうちょっと、ちょっとだけ待ってて」と小さい声で答えると、抱きしめる力が強まった。



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