後輩の過去と先輩との現在
02


「ほんっと、出張先から恋人の為に急遽帰国とかありえないですからね?先方とのやりとりどれだけ大変だったとお思いですか?いくら私がマルチリンガルで有能で美人すぎる部下だったとしても、社長にしかできないことだってあるんですよ、自覚してらっしゃいますか?」

目の前に積まれた書類の山と、相も変わらずキレイな顔を存分に歪めて俺に不満と小言を投げつけてくるアキラから現実逃避して昔のことを珍しく思い出していた。

まさかあの時、アキラと一緒に働くことになるとは微塵にも思わなかった、と、いきなり笑ったであろう俺にアキラは言葉を止めて怪訝そうな視線を向けて来た。

「なんですか?とうとう色ボケですか」
「いや、まさかアキラと働くことになるとは思わなかったってな」
「今更過ぎません?それに、そんなのこっちのセリフですよ。勘当覚悟で家族に打ち明けたら案の定父親が切れて、ついに自力で金稼がなきゃってなって割のいい就職先を探していざ受かってみたら目の前には、10年以上も学生時代の先輩に片思いし続けてるゲイの知人。わかります?私の気持ち」
「あぁ、わかる」
「・・・はぁ、なんか気が削がれました」
「そりゃ、よかった」

そう言って笑うと、肩を落としたアキラもつられて楽しそうに笑った。

「でも、社長がゲイだってカミングアウトしてくれてるおかげで会社の中でかなり過ごしやすいのは確かですけどね」
「あー、そうだな。まぁ、俺に関しては別に大々的にカミングアウトしたわけじゃないんだが」
「え、じゃあなんで全社員知ってるんですか?」
「まだそこまで会社がでかくないとき、中途で入って来た女性社員に告白されて、女には興味ないと返事したら、まぁ、翌日にはほぼ全員に噂回ってたな」
「わぁ・・・すごいねぇ、女の人って」
「ふ、まあ、それから一切そういうことねえから楽だけどな。何人か辞めたりもしたが、それも仕方がない」

話し方が仕事モードでなくなったアキラに微笑ましい気持ちで視線をやると、慌てて姿勢を正し、申し訳ありません、と頬を赤くした。仕事上ではこうして可愛らしい素振りを見せるのに、なぜ恋愛になるとあんなになってしまうのかと、いまだに聞かない未来のアキラの彼氏を想像する。たぶん、年上で、包容力があるやつじゃないと務まらないだろう。さらに、アキラの性欲を満たすには身長185以上の屈強な男だ。果たしてそんな奴いるのか。

「それにしても、今思い返すとすごい顔して会社に戻って来ましたよね。長年片思いしてた先輩見つけた日」
「・・・あぁ、できれば全社員に忘れてもらいたい」
「それは無理じゃなですか?だって、すっごい嬉しそうに、お、私に向かって、先輩を見つけた!って」
「・・・テンション上がりきってたんだよ」
「まぁ、アレのおかげで私と社長の良からぬ噂も払拭できましたし、私としてはよかったですけどね」
「あぁ、それは同意だ」
「ほんと、馬鹿みたいですよ・・・ゲイ同士だったら誰でもいいわけじゃないってのに。外見は確かに好みではありますけど、中身がこんな我が儘で嫉妬深い男、俺にだって選ぶ権利あるよね」
「・・・こっちのセリフだ」

完全に敬語が取り払われたアキラは自分のデスクの上にある書類をチラッと見て溜め息をついた。

まさか、ゲイバーでたまたま知り合ってただ酒を飲みながら話していただけの、聞けば背中に冷や汗が垂れるような性癖を持つ男が割と名の知れた大企業の三男坊で高学歴のマルチリンガルだったとは俺だって思わなかった。改めて特殊な繋がりだと俺も書類を見つめながら考えていると、頬をパシパシと叩いたアキラが「よし」と声をあげた。

「気持ち切り替えましょう。自分のケツは自分で拭ってください。ようやく想いの繋がった先輩とさぞかしイチャコラしたいでしょうが、仕事は仕事ですよ。それ片付けるまで帰らせませんからね」

仕事ができすぎるのも助かるが、これじゃあどちらが上司かわからない。

しばらく先輩に会えなくなるのかと、いまだ断れ続けている同棲を夢に見ながら俺は目の前に積まれた書類の山に手を伸ばした。





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「へぇー、そんな出会いだったんだね」

カフェで働き始めた先輩に変な意地を張っていた俺は、ようやく仕事も落ち着き、先輩の優しさと暖かさに包まれて、いつも通りの幸せな日々を噛みしめていた。

今は俺の家のソファで2人してくつろいでいる。
高校時代から人との距離が近い先輩は恋人になると密着する面積がさらに増えるらしい。今はうつ伏せに寝っ転がる俺の上に仰向けで乗っかっていた。

そういえば、新田さんとはどういう関係なの?と珍しく俺の周りの人間に関する質問をしてきた先輩に、前半の不特定多数との関係以外は何も隠すことはないと、ほとんど正直に話した。
それの反応が先ほどの言葉で、聞いてきた割に薄い反応だと、身体を少し動かしてソファ側に先輩を落としてから体を起こすと、なぜか顔を隠した先輩がソファの背もたれに顔を埋めようとしている。

それを腕を滑り込ませて妨害すると諦めた先輩が手の隙間からチラリとこちらを見上げた。

「なんですか?なんでそんな顔隠して・・・」
「だ、って。なんか、新田さんずるいなって・・・」
「・・・え?」
「俺、だって、なんかそんな、恋に悩んでる梶野の相談乗りたかった。まぁ、俺に対してのことだから、ずっと仲良くしてたとしても言ってこないかも知れないけど、でも、俺、俺が知らない期間の梶野がいることが悔しいなって思うよ」

堪らず、顔を隠す先輩の手をどければその顔は真っ赤に染まっていて、恥ずかしさから節目がちに逸された目に愛おしさが募る。そこまで、俺の人生の一部にまでも焦がれてくれる先輩が愛おしくて堪らない。

堪え切れずにそのまま顔を落として、鼻や頬にキスを落とすと、先輩が恥ずかしそうに俺の胸を押す。決して全力ではないし、本気で嫌がっているようには思わないが、少し離れると逸されていた目が今度はしっかりと俺に向いている。

「俺も、先輩がいなかった6年間、戻れるなら戻ってずっとそばにいたいですよ。もし、いることができたらまずタナカなんかと接触させませんし、初めて会ったときの現場のあの男にキスもさせません」
「そう、だよね・・・お互い様かなぁ」
「ですよ。でも、俺は嬉しいですけどね。なんか、人ではなく、俺の知らない時期がほしいって、もうそれって究極じゃないですか」
「ん・・・そうかな」
「そうです。もう、こんなに先輩のこと好きにさせて・・・責任とってくださいね」

にっこりと、先輩に向けてのみ発動する緩みきっているだろう顔を向ければ、真っ赤な顔で抱きついて来た先輩は、嫉妬のようなことを口にしてしまったのがあまりにも恥ずかしかったのか、それから30分は俺の肩から顔を上げなかった。






end.



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